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♪ いつでもどんな時でも《前に進む道しかない》

インドに行って見た(56)

長崎港 & ブリトロ

それにしても長崎のブリトロは美味しかった・・16時頃二人で長崎漁港を歩いてると小さな小屋みたいな店があった、なんだろうと思いながら横壁の小窓が半開きになっていたので覗いてみると寿司ネタケースだ・・

中には大き目なブリ腹部のブロックが横並びに3本も白布で包んである、なんだこりゃ全部ブリトロじゃん、こんなにブリトロばかりで商いになるんだろうか、どんな人が食べに来るんだろうかと疑問に感じたが・気になるので夕方に来てみようと決めた。

元々ハマチ・ブリは余り食べない、養殖ばやりの初期時に餌をケチる生産者が多く美味しくなかったからだ、それでもこのブリトロの大きさと色には興味が湧く、日が暮れて二人で食べに行った、

ドアー開けると既に5人のお客さんが入店している、皆さんブリトロを食べてるので同じくブリトロを注文して口に入れてみる・驚いた~今までに食べたモノとは別物だ~

美味すぎる・まぐろの大トロと比較しても勝るとも劣らないとはこのことだと思った。

このマスターはこの味に自信を持ってブリトロをメインにしたんだ・・さぞや目利きも肥えて一番良い物を仕入れてるんだろうな~旬である冬場だったこともあり旨すぎた。

多分これ以上に美味しいブリトロに巡り会うことはないだろうと思いながら口直しで他のネタと合わせて食べて帰った・・それからは寿司屋に行くとなんとなく気になりブリトロのネタを見るけど・やはりあれほどのモノにお目にかかることはなかった。

マグロの大トロはいやほどに食べたことがある、20才の時だった・曾根崎お初天神通りに三つのカウンターがあり総数40席位の寿司屋に友達と二人で食べに行った時、

26歳位の板さんが話しかけてきたので機嫌よく答えていると、何を思ったか板さんが・今日は良いのがあるからね~一番うまいものを食べさせてあげるわ~遠慮せんとなんぼでも食べてや~と言って・・

白布に包まれた大トロのブロックをネタケースから取り出すと、まな板でカットしだした、それを一番安い¥120皿に一番高い大トロ¥1200を盛って出してくれた、食べ終えるとすぐにまた握っては出す・握っては出す・・9皿で腹一杯になったのでもうこれ以上は食べれそうにないです~とお礼を言って店を出た。

どこが気に入っても貰えたんだろうかと二人で話しながら帰ったが、それからは大トロは何年も食えなくなった・マグロはトロより赤みの方が好みだったこともあってか脂身の味を想いだしてしまうのだ・・

(江戸時代は冷蔵保存ができないのでトロは傷みやすくおいしくないので廃棄されていたという)

おいらは外食癖が抜けないので彼女とはあっちこっちへとよく食べ歩いた、美味しいモノを食べてもらい・そして味を知ってもらえばとの思いがあった・

こんなことを何度か耳にしたことがある、スナックで飲んでると隣の会話が聞こえて・うちの女房は料理が下手で食べる気がしない・と云うのだ・よくそんなことを言えたもんだと呆れる、当人は会社勤めで付き合いとかもあり飲み食いの機会で少しは味を知ったかもしれないが・・

こういう人は奥さんを家に閉じ込めたままで外食に連れて行くことはないのだろう、一緒に美味しいモノを食べに行けば奥さんは料理を憶えて帰ってくるだろうに・・料理は食べてこそ味を覚えるものなのだ・・

彼女もそうだった、ある日車で阿倍野を走っていると《ステーキ・フルコース》の看板が目に付いたので週末に二人で行ってみた、前菜・スープ・メイン・ドリンク・デザートのコースをご馳走になり帰宅したのだが、

それから一週間後の夕食にステーキコースが食卓に出てきた、それもその時に食べたそっくりそのままのコースだった・こりゃ驚いた~感激だ~

どこか海外旅行に連れて行ってあげようと思い・・個人で旅行会社をやってる友人のところへ遊びに行くと香港マカオ旅行の予定があるいう、それなら一緒に行こうかと連れだって行くことにした。

香港国際空港に着陸・バスに乗り街中を走ってるとなんともごちゃごちゃと古い建物が乱雑に立ち並んでいる、

初期に作られた街や建物に次から次へと大勢の人が集まりだし、増設が度重なって集合市街地になったような雰囲気だった、アメリカが開拓で計画性を伴って街造りをしたのとはまるで逆だった。

香港の全住民がアパートやビルから外へ出れば人が溢れて海に流れると云う冗談もあるほどに密集している、だがレストランでの食べ物は違った、この頃の中国は低所得だったので良い商品とかは観光地である香港に流れ行き、新鮮な食材が豊富に揃い高級食材も安く食べられた。

マカオは単なるギャンブル街でしかなく賭け事をやらなきゃこれといってみるべきものはなかった、3泊4日の旅を終えて帰って来て・・ほかに行ってみたい外国はと尋ねてみると・・インドに行って見たいという、

そうか~じゃ~インドに行こうか・それまでにインドという発想はまるでなかった、映画作りが盛んな国とは聞いてはいたが・・この際に行って見るのもいいかも・・

友人に頼んでインド旅行を手配して貰った、広い国なので良く解らないがニューデリーを起点に7泊8日の予定で出発した。

空港に着きゲートを出ると30代の男性ツアーガイドが名前を書いたボードを持って待ち受けていた、挨拶を交わし同行すると車は5人乗りの古いベンツだった。

ドライバーとガイドと4人で旅行をすることになるようだ・タージマハールのアグラ・ピンクシティーのジャイプール・ガンジス河を巡るとか・・

ホテルに到着、翌日に迎えの車がきたので乗車し走り出すと舗装されていない道路で、気温も高いせいか樹木に緑色が少なく景色は土色に見える・各目的地までは数時間はかかるようだ・

途中で小さな町に立ち寄り店舗に案内された、ツアーガイドは必ずお土産に立ち寄るがどの店も通常よりも高めになる、ガイドに支払うバックマージンが含まれているから、

それでも何か一つは買ってあげなきゃと・車内はクーラーは効いているが外はなにしろ暑いので、現地の人が着ているクルタシャツを買って着替えた・・町中はどこも人だらけで賑わいがある・・

やっとたどり着いた世界遺産のタージマハル「宮殿の王冠」はさすがに景色が違った、それまでの乾いた景色とは一変して広々とした平野の中に・水と緑のある・愛妃の墓タージマハルは総大理石で造られているだけに白く悠々とそびえ建つように見える。

皇帝シャー・ジャハーンが妻への愛情の深さを表現された建造物なんですと当地のガイドが説明してくれた、国の財産の大半を費やしたとか・凄い愛着心だ~・

次はマハラジャの宮殿城塞<アンベール城>だった、高所にあるので歩いて石坂を登るには険しいので観光客は神様として慕われる象の背中に乗って頂上まで行くようだ、

象の背中には4人~ほどが座れる平面の板枠が作ってある(現在は2人)欧米からの観光客も多く20頭以上の象がいるようだった、皆さんそれぞれに背中に乗って列をなしてゆっくりと石坂を登って行くことに・・

象が歩き出したころ・後ろからゼェゼェとせきを切ったような枯れた声が聞こえた・・

なんだろうと象の背中から下を見ると、両足は膝下と足首が切断されてない・片腕も肘下がない、身長は120cmほどで40代と思われる男性が上半身裸で地面を這いつくばりながら懸命に象についてきている・・

カスレ声を絞り出すように何か叫んでる・・多分マネーと言ってるのだろうか・・こんな悲惨な姿態をした人を見たことがない・・必死に生きているんだ・・何とも表現しがたい気持ちになった・・

どうしよう・どうすれば・・100ドル札をコインに包んで投げれば届くかもと・・周囲を見渡せばみんな見てみないふりをしている・皆に惑わされたのか・迷ってる間に距離は離れて・・とうとう投げきれなかった・・

この地の100ドルは大金だ~理由は何であれおいらが持つよりも彼には100倍もの価値があるはずなのに・たとえ一瞬でも喜びを与えられた・《あ~あ情けない》これは今だに後悔をしている・自分を恥じている・

シャクナゲの花
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