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♪ 知りたい・見たい・聞きたい・やってみたい・こうなった!

ボクシングを始めた(15)

中学二年と三年生の時に知能テストが行われた、何だろうと思ったが、やると学力テストよりも簡単で面白かった、単純な計算とかに始まり徐々に難解になってゆく、先生の初め~!のひと声からスタートする、隣の人の答えを見てはイケないとか言うけど、速くやり遂げるゲームみたいなもので隣を覗く暇などはない、、やってる途中で先生が・・順番通りにやらなくても良いから、の意味が最初は解らなかった・・・

迷い道みたいのがあって、始めはスーと出来たが徐々にひかかってゆく、これは出口からやればひっかからないんだと気付く、この時に先生の順番通りの意味を理解する、ヨシ最後の難解なのをやってみよう

出口から始めればなんてことはない、ほとんどの数をやってのけた、図形計算とかも慣れた途中からは難解のモノから処理する事にする・・あれやこれやと四苦八苦してしているうちにテストは終わった。

一週間ほど経って昼休み前に教室で先生が僕にだけ職員室に行くようにと言うので、何だろう・・叱られることでもあるのだろうかと、不安げに職員室に入ると10人の生徒が集まった、校長先生が言うには、君たちの知能テストは優秀だった、君たちは勉強をしなさい勉強をすれば出来るのだから、、特にこの三名は優秀だった、と僕の名前も挙がったが、、

他の生徒を見るといつも学力テストで上位の人はいない、どの顔も家庭環境には恵まれていないように感じる、僕のテストが良かったのは家庭内の緊張感があったからなのか~と思えた、僕の学業成績はいつも中の上だった、もし中の下になったら勉強しようかな~と、この程度の考えしかなかった。

 

三年生の時に義兄のお嫁さんが来ることになった、長男は東京の大学を卒業後に帰郷して半年になる、お嫁さんが来るんだ・・ホッとした、これで義父の暴言暴力はなくなる・・そう感じた、そう言えば親父は長男の受験時には勉強しろ、勉強しろと口うるさく叱ってたが~僕には勉強などするなと怒鳴りつける、、えらい違いだった~

三年生は高校受験になる、お母さんが親父に頼んでたもんな~せめて高校だけは行かせてくださいと、、とりあえず工業高校でも受けようか、、この時の担任の先生は自信満々に豪語してた、任せとけ!この工業高校には後輩が何人かいるんだ、全員が受かるようにしてやるからと・・

ほんとかな~そんなんで受かるんだろうか~、、結果は一人も合格しなかった、、裏目に出たんだろう、、担任の先生の方がショックだったろうな・・

僕はどこでもよかった、隣の席の友人が二年制の専門学校に行くと云うので、じゃー僕もそこにしよう、三年間通うよりも楽でイイやと、電気系専門学校に行くことにした。

春から専門学校に行くことに、、博多駅から列車で5駅目の筑前新宮駅まで通学する、勉強は相変わらずやらなかった、仕事の手伝いがあるので勉強には集中できない、

一年目の冬休みにアルバイトを探した、川端通りの肉屋に募集の張り紙があったので行くことにした、配達と店内販売の手伝いだ、中洲の有名レストランに牛肉を配達に行ったときに料理長に叱られた、

こんな色の悪い肉を持ってきたのかー、もっとましなモノを持って来い!持ち帰ると肉屋の店主も怒って言う・どんな目をしてるんだ・それじゃ~この肉を持って行ってくれ・馬肉だ・料理長に差し出すと・一言・最初からこれを持ってくれば良いのに・・

子供の感覚は敏感だ、お客さんが100gチョウダイと言う、指先と手のひらで重さを感じて20回程練習すれば100gを出せた、が200gは難しく察知するのに3倍はかかった、翌年も行ったがこの時は慣れた手つきになっていた。

2年生の時に一つ手前の駅に産業大学が開校した、もしかするとボクシング部があるかもしれない、どんなことをやってるんだろう~、途中下車をして見に行こう・・

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駅に着いて早速大学生に尋ねるとボクシング部はあると言う、行くと広い講堂の中では他のクラブの部員達も大勢が練習をしている、キョロキョロと探すと、あった~サンドバックとパンチングボールだ、8人程が練習をしている、自然と足が向かっていった。

キャプテンらしき人を見つけて思わず言葉を放った、隣町の学校の者ですが、僕にもボクシングを教えてもらえませんか・・

キャプテンはイイよと言ってくれた・・明日から来ます、宜しくお願いします、、やった~これで強くなれるんだ~

次の日から通った、ロードワークから始まり外に出て数キロを走りながら止まっては、3分間ファイティングポーズをとりジャブ・フック・ストレートパンチを繰り出す、この連続で最後は講堂迄を走って戻る、キャプテンは西日本学生チャンピオンだった、流石にスタミナも体力をある、皆汗だくクタクタでついて行けない、それでもキャプテンの後に続いたのは、いつも僕だった。

パンチを繰り出すときはスピードがなによりも武器になる、スピードを身につけるには、パンチを速く出すことよりも、速く引くことにあると教わる。

二月ほどが過ぎて、練習用のグローブとヘッドギアをつけて実戦形式でスパーリングをやることになった、初めての3分はすごく永く感じた、緊張もあり双方ともが全力を出し切り戦うので、終ればぐったっり喉はカラカラになっている、ところが一分の休憩で体力を取り戻す、、これがロードワークの成果なのか・・

何度かスパーリングをやったが、いつも僕の方が強かった、これは家業手伝いの時にボンゴシハンマー(4~5kg)で大き目の鋳物を溶解炉に入れるサイズに叩き割る作業等もあって少しばかり力が付いてたのかも・・

そんなこともあってかキャプテンが特待生に推薦するからと言ってくれたが、僕には精神的余裕を持ち合わせていなかった、家から一歩外の出れば元気だったが、家の中では萎縮して口を利くことがまるでない・・

6ヶ月でクラブの練習には行けなくなったが、、このことで体力もしかり自分に自信が持てる様になったのは間違いない、義父以外に恐いモノはなくなったような気がしてた、社会に出てからも二か所のジムに汗を流しに通ったが、この体験は精神力となり自分を擁護してくれたんだろうな~ ありがたい。

 

 

 

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