goodlike-story

♪ 知りたい・見たい・聞きたい・やってみたい・こうなった!

モノの価値観は人によって異なる(30)

♪ ディスコは順調だしDJも慣れて楽しい~,毎日がウキウキ気分のある日、プロダクションの招待でフィリピンに行くことになった、目的はフィリッピンバンドのオーディション見学だとか・・

初めての海外だー、主任と二人で機上から雲を眺めながらマニラ空港に着いた、機外に降りて空気を吸うとやはり匂いが違った・・聞いたことがある、昔の日本はたくわんのニオイがしたとかやはり国によって匂いが異なるんだ、、

空港ロビーを出ると数人の子供たちが寄ってくる・見渡すと20人以上がそれぞれに散らばってマネーマネーと発しながら手を引っ張っぱたりしてる・・

想いだした・・これは経験がある、小学6年生の時に同級生が言うにはアメリカ人にチェーンチェーンと言えばお金を貰えるんだ・と・誘われて博多駅に行ったことがある、列車を降り改札口から出てきた米兵にみんなが群がってチェイン・チェインと言いながら追いかけて行った・・結局は貰えなかったけど、中には貰えた子供もいた・・

当時福岡空港には米軍基地があり多くの米兵がいた、1ドルが360円の時代なので米兵にしてみればドルは日本円の3.6倍の価値になる。

♪ 滞在ホテルに着き外を散歩してみた、まるで公園のように広く樹木が茂っている、そんな中に一人の男が何かをするのでもなく立っていた・・

翌日の朝に窓を開け遠くを眺めると昨日の男がバケツの水を体にかけていた、えっ~彼はこの樹木の中で寝泊まりしてるんだ~

 朝食のバイキングを終えて迎えのマイクロバスに乗って会場へと向かう、やや大型のホテルの大広間には大勢の人達でごった返していた、ゲスト席は最前列だった・・

東京や他府県からも20人ほどが来ていた、後部座席には現地の人達30人ほど、後ろは立ち見で入りきれないほどの人達がいた、これはマニラでは芸人の登竜門なんだ~

聞けば3日間の開催で10時から夜中まで続くのだと、これは付き合えんわ~

♪ プロダクションメンバーがメイン場面の時間を教えてくれるので、その時間帯は見学をさせてもらうことにする・・歌手・劇団・バンド・コント・手品と何でもありのオーディションだったが肝心のディスコバンドの演奏がない・・

バンドごとに楽器の準備とかもあれば時間もかかるしな~と思いつつステージを見る、中には聞き惚れるほどの歌声もある、印象に残ったのは歌劇シェイクスピアの悲劇の場面を目前で演じてくれた時の迫力が素晴らしかった・・

エントリーした全員が全力で挑んでいるのが見てとれる・・いいモノをみせてもらった

♪ 二日目の休憩時だった、廊下を歩くと通路もいっぱいだ~入りきれないので雰囲気と音を楽しんでるようだ・・その中に一人戸惑っているような女性が居たので声をかけてみた・・

外に出て少し話をすると明日に私の家に来ませんかと誘われたので、どうせ時間が余っているので、いいよと返事をする、次の日彼女の家に行って昼食を戴くことになった、お母さんが料理を作ってくれた、

魚の煮付けと少々のおかずを戴く、6才位の男の子が傍にいてジッと魚を見つめてる、そうなんだ・これはごちそうなんだーと感じたので、魚を半分残すことにする、部屋は6畳くらいの土間と上段に3畳程の板場があった、子供は土間で寝てるようだ・・気候が温暖なのでそのほうが楽なんだろう・・普通の家庭を見せてもらった様な気がした。

その後に動物園に連れて行って貰う、孔雀・ワニ・象とかはいたが種類は少なかった、それでも人でにぎわっている、お母さんや子供たちも嬉しそうに楽しんでいる、

♪ 感じたのは、子供たちの表情が輝いて見える・キラキラと・なぜなんだろう・・

お父さんもお母さんもみんな遊びに来ているので皆さん素朴に見えて良かった・・

♪ オーディションで色々な芸や人達を見ることが出来て貴重な経験をさせてもらった。

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♪ 新しく入れ替わったフィリピンバンドのリーダーはテナーサックス奏者だった、おいらもテナーサックスを持っている、博多のクラブにいる時に歌っていた女性が何か楽器をやりなさいと勧めるので、、

その気になって36回ローンで SELMER・テナーサックスを買ったのはいいが、練習をする場所がない・海か山にでも行かなきゃ~・結局は”ドレミファソラシド”だけを覚えて放置状態にあった・・

♪ バンドリーダーのサックスを見せてもらうと、かなり古びてボロボロだったが彼には精一杯の買い物だったはずだ、、おいらがサックスを持ち続けても宝の持ち腐れでしかならない、売ればお金にはなるが・お金は使えばなくなるだけのモノ・・

彼に譲れば宝物になる・・フィリッピンで買えば関税は贅沢品扱いになり実際価格の倍以上になるという、とても手を出せる品物ではない、当時のフィリッピンの生活費は¥3000~¥6000で家族が食べて行けた、

とりあえずリーダーにテナーサックスを見せると、それは手作りの年代物でもう一つ値打ちがあると言う・・彼には唾涎ものだった!

そうなのか・ヨ~シーこれを君にあげよう・・彼に渡る方が格段に価値がある・・わずか3ヶ月の演奏だったが、人の出会いは解らないモノだ~

国へ帰れば売るかもしれない、売れば家が買えるだけの金額になる・・それならばそれでイイ・・おいらの飾り物よりも価値がある・・

♪ フィリピンバンドには追っかけの女の子がつく、、演奏に憧れた彼女たちはバンドが帰国の際について行き現地で子供を産んだりもする、そんな子供たちが何千人も産まれている・・

あの時の彼女達も今ではおばあちゃんになって孫がいるんだろうな~、これも人生・あれも人生・・ 『人には人の都合がある』

 

 

 

 

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