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♪ 知りたい・見たい・聞きたい・やってみたい・こうなった!

30)モノの価値観

♪ ディスコは順調だしDJも慣れて楽しい~,毎日がウキウキ気分のある日、プロダクションの招待でフィリピンに行くことになった、目的はフィリッピンバンドのオーディション見学だとか・・

初めての海外だー、主任と二人で機上から雲を眺めながらマニラ空港に着いた、機外に降りて空気を吸うとやはり匂いが違った・・聞いたことがある、昔の日本はたくわんのニオイがしたとかやはり国によって匂いが異なるんだ、、

空港ロビーを出ると数人の子供たちが寄ってくる・見渡すと20人以上がそれぞれに散らばってマネーマネーと発しながら手を引っ張っぱたりしてる・・

想いだした・・これは経験がある、小学6年生の時に同級生が言うにはアメリカ人にチェーンチェーンと言えばお金を貰えるんだ・と・誘われて博多駅に行ったことがある、列車を降り改札口から出てきた米兵にみんなが群がってチェイン・チェインと言いながら追いかけて行った・・結局は貰えなかったけど、中には貰えた子供もいた・・

当時福岡空港には米軍基地があり多くの米兵がいた、1ドルが360円の時代なので米兵にしてみればドルは日本円の3.6倍の価値になる。

♪ 滞在ホテルに着き外を散歩してみた、まるで公園のように広く樹木が茂っている、そんな中に一人の男が何かをするのでもなく立っていた・・

翌日の朝に窓を開け遠くを眺めると昨日の男がバケツの水を体にかけていた、えっ~彼はこの樹木の中で寝泊まりしてるんだ~

 朝食のバイキングを終えて迎えのマイクロバスに乗って会場へと向かう、やや大型のホテルの大広間には大勢の人達でごった返していた、ゲスト席は最前列だった・・

東京や他府県からも20人ほどが来ていた、後部座席には現地の人達30人ほど、後ろは立ち見で入りきれないほどの人達がいた、これはマニラでは芸人の登竜門なんだ~

聞けば3日間の開催で10時から夜中まで続くのだと、これは付き合えんわ~

♪ プロダクションメンバーがメイン場面の時間を教えてくれるので、その時間帯は見学をさせてもらうことにする・・歌手・劇団・バンド・コント・手品と何でもありのオーディションだったが肝心のディスコバンドの演奏がない・・

バンドごとに楽器の準備とかもあれば時間もかかるしな~と思いつつステージを見る、中には聞き惚れるほどの歌声もある、印象に残ったのは歌劇シェイクスピアの悲劇の場面を目前で演じてくれた時の迫力が素晴らしかった・・

エントリーした全員が全力で挑んでいるのが見てとれる・・いいモノをみせてもらった

♪ 二日目の休憩時だった、廊下を歩くと通路もいっぱいだ~入りきれないので雰囲気と音を楽しんでるようだ・・その中に一人戸惑っているような女性が居たので声をかけてみた・・

外に出て少し話をすると明日に私の家に来ませんかと誘われたので、どうせ時間が余っているので、いいよと返事をする、次の日彼女の家に行って昼食を戴くことになった、お母さんが料理を作ってくれた、

魚の煮付けと少々のおかずを戴く、6才位の男の子が傍にいてジッと魚を見つめてる、そうなんだ・これはごちそうなんだーと感じたので、魚を半分残すことにする、部屋は6畳くらいの土間と上段に3畳程の板場があった、子供は土間で寝てるようだ・・気候が温暖なのでそのほうが楽なんだろう・・普通の家庭を見せてもらった様な気がした。

その後に動物園に連れて行って貰う、孔雀・ワニ・象とかはいたが種類は少なかった、それでも人でにぎわっている、お母さんや子供たちも嬉しそうに楽しんでいる、

♪ 感じたのは、子供たちの表情が輝いて見える・キラキラと・なぜなんだろう・・

お父さんもお母さんもみんな遊びに来ているので皆さん素朴に見えて良かった・・

♪ オーディションで色々な芸や人達を見ることが出来て貴重な経験をさせてもらった。

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♪ 新しく入れ替わったフィリピンバンドのリーダーはテナーサックス奏者だった、おいらもテナーサックスを持っている、博多のクラブにいる時に歌っていた女性が何か楽器をやりなさいと勧めるので、、

その気になって36回ローンで SELMER・テナーサックスを買ったのはいいが、練習をする場所がない・海か山にでも行かなきゃ~・結局は”ドレミファソラシド”だけを覚えて放置状態にあった・・

♪ バンドリーダーのサックスを見せてもらうと、かなり古びてボロボロだったが彼には精一杯の買い物だったはずだ、、おいらがサックスを持ち続けても宝の持ち腐れでしかならない、売ればお金にはなるが・お金は使えばなくなるだけのモノ・・

彼に譲れば宝物になる・・フィリッピンで買えば関税は贅沢品扱いになり実際価格の倍以上になるという、とても手を出せる品物ではない、当時のフィリッピンの生活費は¥3000~¥6000で家族が食べて行けた、

とりあえずリーダーにテナーサックスを見せると、それは手作りの年代物でもう一つ値打ちがあると言う・・彼には唾涎ものだった!

そうなのか・ヨ~シーこれを君にあげよう・・彼に渡る方が格段に価値がある・・わずか3ヶ月の演奏だったが、人の出会いは解らないモノだ~

国へ帰れば売るかもしれない、売れば家が買えるだけの金額になる・・それならばそれでイイ・・おいらの飾り物よりも価値がある・・

♪ フィリピンバンドには追っかけの女の子がつく、、演奏に憧れた彼女たちはバンドが帰国の際について行き現地で子供を産んだりもする、そんな子供たちが何千人も産まれている・・

あの時の彼女達も今ではおばあちゃんになって孫がいるんだろうな~、これも人生・あれも人生・・ 『人には人の都合がある』

 

 

 

 

29)人のふんどしで相撲を取る

♪ ディスコに勤め始めの頃だった、23歳になっていた弟が来阪して来た、今から調理師を目指したいので何処か働く所はないだろうかと言う、食い倒れの街大阪で学ぶことに決めたらしい・・そうか~とりあえず調理のチーフに話を聞いてみることに・・

チーフ曰く、調理師を目指すには鍋洗い・掃除・包丁研ぎからどんな下働きでも文句ひとつ言わずに耐えられるのは無心でやれる中卒が望ましく、基礎から叩き込んでゆけるからと、、23歳からでは耐えられるだろうか~やはり厳しい世界なんだ、、だが弟は考えた挙句に志を決めたわけだから、何処か探さなきゃ~

繫華街を歩き回ると飲み屋街のほぼ中心地の角に寿司屋があった、板壁に募集の張り紙があり住み込みと書いてある、そう言えばこの店は以前から貼ってあったな~従業員が続かないんだ、、

だがなんとなく気になるので何人かに店の評判を聞いてみることにした、するとあの店は値段が高くて普通の人は通えない・藤山 寛美さんが常連客だとか・ふ~ん~そうか、これも何かの縁だと思ってその店を勧めることに・勤めることになった。

出勤は午後2時からで掃除・仕込み・準備~営業は午前3時まで、それから片付けとかで帰って寝るのは5時頃になる・まさにクタクタの働きづくめのようだ、弟はこれに耐えた・我慢して耐えて学んで四年余を乗り越えた、そこはふぐ料理もあったのでふぐ免許資格をも取得していた、よく辛抱した~

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それから一度他の寿司屋に勤めてから博多に戻り調理師連合に所属し、、島根や熊本の料理旅館で料理長を勤め、その後に料理の鉄人で日本一とうたわれ一世を風靡した、道場六三郎さん監修の大型店が博多にオープンした、弟はそこの料理長になっていた、、頑張り屋さんだった。

その後に今度は末弟が来阪してきた、弟の話では親父の納税額が福岡市で10位内、福岡県で20位内に入っていたという、ふ~んそうなのか・・

新聞で高額納税者の番付を見る度に、こんな人達ってどんな生活をしてるんだろうかと想ったことがある・我が身を振り返ってみれば子供の頃に甘いものを食べることもなく一度も虫歯にはならなかった、時折り腹が減っては水道水で満腹にしていたのに・・そんなおいらが高額納税者の家庭で育ったなんて・と思ったら笑えてきた・・

考えてみれば親父は博打には手を出さなかった、中洲に飲みに行くこともなかった、その気になれば行けただろうに、飲むのは近くの酒屋か家飲みだったしな~友達付き合いもせず、趣味もない、貯めたお金を土地に変えて楽しみにしてたのか・・

一番驚いたのは親父だろうな、まさかそんなに高く売れるとは思ってもいなかっただろうに、放置していたあの220坪と150坪の土地と家と・・

末弟はチーフに頼んで梅田の天ぷら専門店を紹介してもらい、そこで住み込みで働くことになった・・

 この料理人の世界は、料理長がいて弟子を率いるという仕組みになっていた、店舗側は調理人に賃金を支給するのではなく、料理長と契約をした上で料理長に契約額を支払う、そして料理長が弟子に手当を渡す・食材の仕入れ業者も料理長の一存になる・だから料理長は条件のいい店を自ら探しては弟子を引き連れて転職をするという、これも知らなかったな~

 

♪ 店には店長の知り合いでゆうちゃん(この時28歳)がいつも遊びに来ている、彼は誰にもよく話しかける気さくな性格だった、ある時にマネージャーはどんな女性が好みなん?と聞いてきたので、どちらかといえばポッチャリかな~と答えたことがあった、

それから数日後の営業中に、マネージャーを好きだと云う女の子がいるので話をしてほしいと手を引っ張り連れて行こうとしたが、まさか・冗談・冗談と一笑して聞き入れなく断った、そんなことはあり得ないのだ・・

だが彼は付きまとうように誘ってくるので、まあ~いいかお客さんに挨拶だけでもしておこうと席に座ってはみるが、これと言った会話もないので挨拶言葉だけで席を離れる、ところが閉店間近にゆうちゃんが再びやってきた・・あれ~まだ居たんだ~、

彼女達が○○で待っているから一緒に付き合ってくれという、えっ~しょうがないね~解った・じゃ付き合うよと言葉を返した・・

そんなことが一度だけではなかった、その都度に断ってはみたが・彼は積極的だった、又かよ~と言いつつ何年もあった・・結果は全てが彼の思い通りになっている・・

その時は考えてもみなかったが数十年を経てからふと思い出してみると?ハッと気づいた、これは彼の策謀にはまっていたんだと・・何のことはない・・

彼は自分の好みの女性を見つけてはその友達も見極めてナンパしていたのだ・・

その時のきっかけ言葉に・多分こう言ったに違いない・この店のマネージャーが貴女のことをすごく気に入ってると言ってる、呼んでくるからぜひ話をしてくれないかと、、そうしておいて、お目当ての女性にアプローチをかけ会話を交わしてゆけば相方は置き去りになる・・

やられた~人のふんどしで相撲を取っていたのだ、、、

その後にゆうちゃんは、それまでの同棲女性と別れこの時にナンパした都市銀行勤めの女性と一緒になった、、

彼はおいらよりも頭の良い策士だったようだ・・

そしてすべてが上手くいったのは多くを語らなかったからなんだろう・・

28)#喧嘩が始まる

それにしてもフィリピンバンドの給料は安かった、バンドリーダーに聞くと手取りは¥5000~¥10000円だという、6人のメンバー総額でも5万円で足りる、プロダクッションのピンハネってすごいな~と感じる、こりゃ悪業だ~往復の飛行機代や諸経費を支払ったとしても・・これが世の中のシステムなのか~、彼らを応援したくなった・・

店は順調に進んでいる、その時は気付かなかったけどディスコブームの渦中にあった、新曲が次から次へとリリースされる、何しろ一曲ヒットすれば一生食べて行けるだけの報酬になるのでメンバーを揃えてバンドを組み曲作りに励む、プロヂューサーは世界中に売りまくる、引く手あまたでほっといても売れる時代だった。

スウェーデン出身の男女4人組 アバ(ABBA)の曲が大ヒットした時は、名車ボルボ社よりも納税額が上回っていたという、何とも驚いた・音楽ってこれほどに収入になるんだ、知らなかったな~

来店客数は増える一方で土曜夜は2000人を超えて通路もホールもごった返している、まさにサタデーナイトフィーバーだった、従業員は多忙でまあ~疲れる、ウエイターの給料は仕事量に応じられていないようなので、ボトルキープ制にして歩合を付けるように提案をした、これで2~5万円ほど増えたようだ。

ブームの最中は多少のことでも無理が効く、キープ制でも街中に遊びに来たならそれなりに応じてくれる、おまけにチェックアウトの時間も設けた、これをやらないと満員で身動きが取れないほどになるのだ。

この頃、同じようにブームになったものにインベーダーゲームがあった・やってみると面白く結構夢中になる、テーブルに座ってやるので店に置けないだろうかと考え業者に連絡をとり交渉・12台ほど置いて貰えるようになった。

これで踊らない時も楽しめるだろう、おまけにバックマージンも貰えた・一石二鳥だ・この収入は従業員慰安の時に使おう・・年末の忘年会の時に思い切りご馳走を出した、キャビア・フォアグラ・トリュフ・スモークサーモンと買って来たが、みんな若いので人気はなかった。

この店には従業員の寮があり23名乗りマイクロバスもあった、終了時に地下鉄がないので寮や通勤者を送ったり、春夏秋冬には海水浴・ハイキング・スキーや慰安旅行に活躍していた、お水の仕事にしては何とも整っている、店長やプロダクションメンバーとゴルフに親しむこともある、おまけに景気が良いので毎年昇給がありボーナス迄貰えた、ありがたや~ありがたや~

仕事にイイこと尽くしはあり得ない・・その一つに土曜日なると必ずと言っていいほど喧嘩が始まる、多い時は3度ほどあった。

ウエイターが止めに入って5ー6人が集中して互いの力量を発しもみ合ってる、その中に拳を上げて殴りかかろうとする男がいた、その右腕においらの右腕を絡ませ羽交い締めにした、当人は切り離そうと必死にもがき暴れるが動かない、がっしりと絡ませ思い切り上に締め上げた・・3分程するとおとなしくなったので手を離す、、ところがこの男はこの時だけではなかった。

2回目・3回目の喧嘩の時も同じように羽交い締めにされて、さすがに懲りたのかそれからは喧嘩はしなくなった、、彼は何処かの組員だった・・

インベーダー収入で買った100㎏のバーベルが休憩室においてある、暇な時にベンチプレスで遊んでいたのが役に立ったようだ、他にもケンカはよくあったが理由を聞いたことはない、そんなものは聞いても意味がないのだ。

他人の喧嘩ごとで注意をしなきゃいけないことがある、争いが始まろうとしている時に仲裁に入ることは非常に危険なのだ・たとえ1対1でも・理由は・双方の緊張の矛先が仲裁者に向かって来る可能性大なのだ・・

平日の営業中に店内に立っているとややがっしりとした体形の若者が話しかけてきた、店の事やらを聞いて軽く会話を交わしたのだが、2週間が過ぎた頃に又話しかけてきた、気さくで話しやすい感じの若者だったので世間話をした、三度目の時に彼はこう言った、マネージャー頼みがあるんだけど聞いてくれないかと・・

なんだと聞くと・・少しの間だけどチャカ(ピストル)を預かってほしんやけど、、それは無理やな~と返答した、彼は想定内の言葉と受け入れたようだった、それからひと月も経たない頃にウエイターが話しをしてきた、彼は死んだそうです・彼は大阪で一番の番長だったんですよ~なるほど18才だったのか、それにしても落ち着きがあった。

ピストルは他人を殺すための道具でしかない、それ以外に使い道はないという概念を持っている・そんなモノは必要ない・人を殺せば自分も死ぬと同じ事と思っている・・ニュースを見るたびに思う、殺人を犯したなら即自首してくれ~逃げて生き恥をさらさないでくれ~と言いたい。人の命は誰しも同様・同格だよ。

さあ~今夜も忙しくなるぞ~お客さんをサウンドの中に包み込んで、身も心も弾ませ踊って楽しんでもらうんだ・・それが仕事だ~。

27)#ディスコだった ♬ 楽しい ♬

今日から一人生活がスタートする、甘えは終わった!

自立しなきゃ~<前進あるのみ>即仕事探しだー、まだ夜の仕事に未練が残っている、取りあえず出かけよう、以前に働いていた宗右衛門町の洋酒喫茶に遊びに行く、経営者も替わりそこはディスコ風に様変わりしている、その時の主任が店長になっていた。

なんと~この人はずっとここで働いていたんだ・・

カウンターに座っていると店長がやってきて声をかけてくれた、もし仕事をやっていなかったらここで働かないかと、、えっ~渡りに船とはこのことだ、二つ返事でお願いしますと答える。こんなこともあるんだ・・ツイてる。

月給は20万で休みは土曜日以外に月3回を選べる(平日は午前1時まで土曜日は朝5時まで営業)出勤すればその分は加算されるという、条件はどうでも良かった働けるんだという喜びと感謝を感じた・・

翌日から主任として出勤することになり、開店前の点呼で自己紹介をする、ウエイター、バーテンダーとか部下は20人ほどになる、、先ずはこの仲間に信頼されなければいけない、それには見本となる姿勢で人一倍励むしか方法はない・・

三ヶ月半は一日も休むことなく、仕事中も休憩を取らずにやった、当然忙しい時はウエイターを手伝い、点呼の時は日々気が付いたことをや改善できること等を述べる、

三ヶ月も過ぎれば仕事も慣れてきてみんなとも談笑する機会も増えて来た・・5ヶ月後にマネージャーに昇格した・・

マネージャーの仕事ってなんだろうと考えてみる、サービス業だから一番はお客様が安全に楽しんで貰えるようにバックアップすること、従業員には働きやすい環境を作ってあげる・・これしか頭に浮かばなかった、もうひとつ浮かんだ、店長に楽をしてもらおう、おいらが働くほどに店長は楽になる・・

ここは数少ない生バンドのディスコだ、日本バンドとフィリピンバンドが交代で演奏をしている、一晩中音楽の中にいられるとは何とも嬉しい・・

日本バンド4人組はレギュラーでギャラは100~120万円・フィリピンバンドは2~3ヶ月で交代し人数計算で180~220万円を支払う(住居と二食付き)

双方のバンド演奏に大きな違いを感じた、日本バンドはいつも楽譜とにらめっこしながら、まるでオーケストラの演奏のようだ、当然の如く表情はうつむき加減の姿勢になり無表情の演奏になる・ここはディスコでお客さんを楽しませる場所なんだが・と・・

それとなく聞いてみることに・・やはり楽譜を見ないと演奏できないらしい、、習慣漬けになってるんだ~、それ以上は突っ込めなかった。

フィリッピンバンドは違った、それぞれが個性で演奏をしている、お客さんの踊りを見ながら演奏できてる・笑顔もある・

彼らに楽譜は見ないのかと聞いてみた・答えは楽譜を読めないと言う・子供の頃から音楽が好きで好きな曲を聴き ♪耳で憶えたことを表現する♪

なるほどこれは違いすぎる・・ステージではよそ見もすれば笑顔もでる、どちらが楽しいかと言えば当然のことになる・・

この店で物足りない部分を感じていた、おいらはよく遊びに行き踊ってもいたので解るが、照明がほったらかしなのだ、誰も触ろうとしないのでそれではと照明に気遣うことにしよう、ストロボや多色変換のステージライトと備えてあるのに・モッタイナイ・これで踊り易くなるぞf:id:goodlike-ryusei:20210620100707j:plain

この時代は高度成長期の渦中にあり来店客数は自然に増えてゆくという状況にあった、有名人も見学がてらに遊びに来たりで、多種多様な人達が踊って楽しんでいる、働く側も楽しくなる・・

あっという間に2年が過ぎた頃に情報誌を読んでると、海外ではレコード音楽で踊るディスコが増えているという・・そうなんだ、今からはレーコードで踊る時代になるんだと予想をし店長に提案をすることにした、

日本バンドを辞めてレーコードを流せば経費節約にもなるので、と言ったが、本社の方で反対をされた・・2度目の説得の時にレコードは最新の曲を流せるメリットがあり、お客さんの流れは変わりつつある、設備費はかかったとしても二月で元は取れると・・

じゃ~ディスクジョッキーはどうするんだと本社の部長が問うので、僕がやりますと答えた、 当たって砕けろ~だ やってやれないことはない~

フィリピンバンドのリーダーにヒントを聞いてみよう、ジョッキーの語りやハヤシ言葉はどうすればと・問えば、その曲の歌詞や一節を取り入れればと良いのではと教えてくれた、やった~基本だ・そうしよう・

ジョッキールームは踊り場とは後ろになるが仕方がない・無理は言うまい・メインはバンドだから・・

そしてディスクジョッキーは始まった「 ザッツ・ザ・ウェイ」かけた曲とハヤシ言葉にみんなが一体になって踊ってくれてる 同化してる なんと楽しい~ こんな楽しい仕事があるんだ~イヤーこれは仕事じゃない、遊びだ~おいらが上手く遊ぶほどにお客さんは楽しく遊んでくれるんだ~~コツがわかったぞ・・

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26) #卒業しよう・・

♪ 印刷屋さんか・・普通の印刷物ならともかく、こんなヌード写真の印刷を飛び込みで頼めることなど出来っこない、こういう時に地方出身者にはコネがない、取り合えずは友人達に声をかけることにしよう、みんなに頼んでおいた、すると3日で連絡が来た~知り合いのホステスがお客さんの中に印刷屋さんがいるんだとか、引き受けてくれると言う・・《良くある事でお客さんはホステスの頼み事はよく聞いてくれる》・・早速社長に会って頼むことにした、薄いボカシ入りとボカシなしを各1500部・注文する。

社長もバイト収入だと言って休日に輪転機を廻してくれた、その週の日曜日に出来上がったので夕方に引き取りに行くと、なんと重い・・写真用紙の重量の重さに驚いた、が、仕上げも上々で流石に本職だな~

さあ~売り込みに行かなきゃ~なんら経験も知識もないがとにかく何処かに販売しなきゃーと、、近隣の和歌山市に遊びがてらに行っては見たがローカルでアダルトショップはなかった、ん~やはり東京か~、ドライブもできるし行こう~、高速道路と一般道を走って、名古屋を通過・浜松・静岡・富士山・から熱海温泉に立ち寄り一泊する、歌で聞いた熱海温泉は思ったより小さな温泉地に感じた、翌日に新宿まで走る、何年振りだろ~昼食を取り歌舞伎町をひと回りして、通りに面したアダルトショップに入った、

店内には大人のオモチャやらヌード雑誌が所狭しと花が咲いたように賑やかに展示してある、従業員らしきおじさんが一人座っている、やはり店主は居ないんだ~、この人じゃ話は通じないけど仕方がない、商品を見せるとオ~という顔はしたが、、サンプルとして置いてきた、あと二軒は夜に行って見よう、、日が暮れて行ってみたがやはり店主は居ない<店はお任せて遊んでるんだな~>ここもサンプルだけ置くことに・・

その足で昔働いた西武新宿前の店に行く・懐かしい・中に入ると女性カウンターの店に一変していた、超満員でごった返している~、店長を呼んでもらい挨拶だけをして帰った、翌日に大阪へ戻った。

名刺も持たず・未経験で能無しの行動だと途中で気付いたが、これで喰っていくという意識がないので店主に連絡もしなかった、

〈関西では既にこの写真が売れに売れて品切れ状態の人気なので・こちらにもと・足を運んだと言えば話はついたのにね~〉

写真は知り合いの知り合いとかが原価で引き取ってくれた・・数年後に新宿の店主がビニ本として販売し大ブームが起こった・・なるほど・・ちょとだけ遊べた~

♪ 彼女の同僚ホステスが旦那共々に超ネコ好きだとか、面白そうなので遊びで見に行った、2DKの部屋で通路にも猫ケージが置いてある、何しろ14匹もいるんだ、狭くて横歩きする、部屋の中は猫の置物だらけ。箸からスリッパ衣類も猫ネコちゃん、犬も2匹いる、こりゃ~忙しい、血統書付きのペルシャ・シャム・ロシアンブルー等を飼って繁殖をしているんだとか、賞を取った猫も何匹かいる、色々とコンテストの説明を聞いて帰ってはきたが、この夫婦は本当に猫好きなんだろうか?・・檻の中に閉じこもったままの猫は幸せそうには見えず可哀そうに思えた、、

それに刺激されたのかどうか、子供の頃に番犬がいたのを思い出しポメラニアンの雄を飼うことにした・今はマンション住まいなので飼える・一匹では淋しいだろうと半年後に雌を飼った、一年後に子供ができる、コロコロとしててなんとも可愛らしい・そこから犬の能力を改めて知ることになる・・やはり動物がいると平和な気持ちになれる・・愛犬は、いまでは当たり前の二足立ち歩きが出来ていた・・

♪ 相も変わらず暇な時は潮岬・日ノ岬へと釣りには出かけてはいたが、釣った魚は今までに一度として食べたことがない、これは少年時代から続いている、最初に釣った鮒が可愛らしかった・食べる気がしない・なのに魚屋で買った魚は好きでよく食べる・なにか矛盾してる・他の人はどうなんだろうと調べてみると・いるいる・理由はよく似てる・やはりそうなんだー

♪ そうこうしているうちに、いつしか年月も経過した・昼も夜も好きなだけ遊べた・ゴルフ・スキーも行ったし、だがなんとなく空虚感がくる・

ハッと気付く・もうすぐ30才だ~いつまでもこんな暮らしを続ける訳にはいかない、卒業しなきゃ~

このまま二人で居れば甘えからは逃れられないだろう、彼女は独り立ちできるだけの能力がある、そうか~別れよう・・

彼女も金銭欲がなく一緒に住んで半年も過ぎた頃に、100万円貯まったけど、あんた使ってと言うので、自分で稼いだお金だから先々の為に残しといたらと・・言った事がある、こういう人はお金は貯まる、ましてや高級クラブに勤めている、客層も良く、色々な情報も入るだろうし、大丈夫だ・彼女ならやってゆける・

そして心情を説明し別れを納得してもらった、その時の彼女の言葉の中に、私はこの先どうすればいいんだろう?と聞くので、ビルやマンションのオーナーを目指すようにと勧めた・・

彼女は新しく部屋を探し子犬を一匹連れて引っ越しをした・・

十数年後に商工会議所の名簿の中にビルオーナーとして彼女の名前が載っている・・なんとも嬉しい・流石だやったね・・良かった!

25) #Free Life・・

1970年・大阪万博博覧会が開催された、先端技術・未来型都市空間・パビリオン・岡本太郎創作太陽の塔・三波春夫の万博音頭と華やかに賑やかにオープンした、

さっそく行ってみた、広い駐車場はすでに満車状態で入口から人人の密集で溢れかえっている、こんな人混みは初めて見る・・アポロ宇宙船が持ち返った実物の「月の石」をひと目見ようと長蛇の列になっている、『ここに来た以上は並んで見るしかない』それでも90分程でアメリカ館に入れた、中では歩ける状態にではなく群衆に押されて自然に体が動いている、

あーあれだ、柵に囲まれた中央の台上にカプセルが置いてある、その中に5cm位のちっぽけな石があった・これなら海の岩の石を割ったものと何ら変わりないのではと思いつつ・・なにかすごいものを見た気分になれるのは・・人混みのせいかも知れない・・群衆と一体となって観ては少しづつその場から遠ざかって行く、気が付けば汗だくになっている・・やっと出れた、、こりゃ~疲れるわ~

次は暇そうな時期を見計らって行こうと・・平日の昼前に行くと案の定と言うか人出が少ない、これならのんびりと各館内を見学出来る月の石も並ぶことなく目先で見れた、その後も4度遊びに行ったが人出の多い時と少ない時の違いが大きい、人出が少ない時はなぜか面白くないような・・人出が多い時の方が気持ちを掻き立てられて、おもしろいものだな~・・と感じた・

近年の研究で、あの月の石は地球から月に飛んで行った隕石(いんせき)だった?・・こんな結果が米航空宇宙局(NASA)で判明とか・・

この時代は高度成長の中にあり新聞を広げれば求人広告は二面ほども掲載されている、どこも人手不足で仕事に不自由をしないそんな時代だった。

夜の街も盛況だった、南の街に三軒のサパークラブがあった、ポピューラーな笠・大人の雰囲気の淀・マニアックな青い城といづれも生バンドの演奏で踊れる、食べ物もレストランよりも高級感のある創作で今風の飾りつけをしてある、これらの店は深夜の方が忙しい・・ホステス連れのお客さん達で盛況になる・・笠ではよく踊って遊んだ・・

そんな中で変わったスナックがあると耳にしたので行って見ることに・・入口で靴を脱ぎ靴箱に入れて、レジーで¥1500の先払いだった、足を踏み入れると通路は狭く真っ暗闇になっている、足元はグラつき動いたりもする・黒い天井や側面から人の手なのか、お化けが出てきたり・前々に動いてると四角に閉じ込められた所に入る・出口が解らない、左横半面を押すと出れた。

中の左側は一段高く段差のあって板とカーテンで個々に囲ったBOX席が3つ、右側は低めのカウンターがあった・・奥に進むと円形で少し広めの場所あり、座る時は段差で座りやすい、なんとなく囲炉裏の様な感じでくつろげる・・なるほど、ここは知り合って間もない女性を連れて来るには最適かも・・

家に要るようで皆と会話がしやすい、こんな店もあるんだ、ここも深夜になるとホステスさんで賑わうとか・・後に知ったのは店の天井に絵が描いてありその絵は女性のある部分だとか、だが大きく描いてあるので言われなきゃ誰も気づかない・・

何しろ夜は暇だしよく飲み歩いてはしご酒をする・・少々飲んでもあなたは飲んでも変わらないのね~・とは良く言われる・・小さなスナックでは小瓶のビールがなくなり隣の店に借りに行く事もよくある、そんな日々も続くと飽きてくる・・

時間があれば雑誌を読みあさる、記事中にクルーザーの写真が載っていた・カッコイイ・これはお金持ちの遊びなんだろうな~いくらするんだろ、1200~2000万円もするんだ、こりゃ手が出ない、だがよく調べると価格の半分は贅沢税だとかになる、えっつすると実際は半額なんだ、読み続けるとヨットの手作りキットの広告があった、21フイートのヨットが200万円もあれば完成する、これならその都度に材料を買い増せばいいじゃん、イケるかももと友人にヨット造りを手伝ってくれないかと頼んだが興味がなく出来ないと断れる。

じゃー諦めよう・・これはやらなくて良かった、材料の中にアスベストが多量に含まれている、あの狭い船室の中でアスベストを貼れば肺疾患になっていただろうと・・助かった・・

やることも無くなったので働きにでも行こうか~・求人広告にラウンジのウエイターがあったのでなんとなく行くことにした、店は7人のホステスとカウンターに男性二人、ふた月ほど経った頃にお客さんがホステスに・こんなものがあるんだと・アメリカのポルノ雑誌を開いて見せた、、

ウワースゴイ・・ホステスの黄色い声に思わずチラっと覗くとA4一面に女性のヌード写真が掲載されいる、こんなデカイ写真は見たことない・・その時に脳裏をかすめたのはボート場の帰りにおじさんが売っていた写真だった。

・ん・これは面白そうだ、作ってみようか・・その月末に退店願いを出して辞めた。

カメラを持っていない、ならば一番しっかり者の同級生、五郎ちゃんに借りよう、気のいい彼は二つ返事で貸してくれた・・次はモデル探しだ、踊れる洋酒喫茶でゲットしようか・・土曜日のお客さんが多い時に探しに行った、お酒を飲んで誘えば失敗するかもと思いジンジャーエールを注文し踊り場で物色してると目についた女性がいた・・

・声をかける・カウンターに誘いグラスを動かしながら飲んでもらい、今から付き合ってと誘い車中で話をする・

写真のモデルがいなくて困ってるんだ、顔は写さないからと頼みこんで無事モーテルで撮影を済ませることができた、顔は手や髪の毛で隠れるように撮影したので本人とは判明できない・・

しかしながらカメラのレンズを通して見る姿体は通常で見るのとは異なったモノを感じる・・ふ~ん・・ヌードカメラマンの心情とはこんなんなんだ~撮影後に知ったのは、なんと彼女は誰もが知る一部上場企業の社員だった・・

次は印刷屋さんだが、どうしょう~

24)#世の中にはこんな人もいるんだ・・

洋酒喫茶で働いていた時の後輩でよっちゃんが天下茶屋の駅前に小さな喫茶スナックをオープンすると言う・・そうか、じゃ無給で手伝うよと声をかけた、彼のお姉さんが資金をだすらしい、お姉さんには山さんと言う50歳位の旦那さんがいた、この山さんには奥さんがいるんだが体調が良くなくお姉さんが事実上の奥さんとして切り盛りしているようだった。

山さんはいつもゴキゲンな表情で笑ってる人・風体はキンチョーのCMに出ている笹野高史さんにそっくりだ~

店がオープンする前だった、フグを食べに行こうと誘われ彼女も連れだって黒門市場のそばにある有名フグ料理店に足を運んだ。

山さんは常連様らしく仲居さんが愛想良く広い座敷に案内をする、山さんにはボディーガードが二人いてその人とお姉さんともう一人《胴元と言う人》と、よっちゃんにおいらと彼女で8人が同席することに、仲居さんへの注文時にフグのセットを20人前と言うので、、あれれ・・と思ったが、山さん曰く、これでもすぐ無くなるからと、、その通りだった、次は15人分を注文したがこれは無理だろうと・・案の定食べきれなかったが、山さんには残すことは当然のように思える・・

喫茶スナックもオープンして山さんが来店し、会話の中で今何をやって遊んでると聞かれたので・・たまに馬券を買って遊んでますと答えると・そうかそれじゃ聞いてみようと・すぐに店の電話を手にしてもしもしOOOさん、うちの若い子が競馬をやってるんだけど、今度のレースで何かいい馬いませんか~、、電話を終えて・・日曜日の8レースのOO馬を買えばイイらしいと言われたが、いつも9レースから始めるので買わなかった・・この馬は2着にきていた・・

店にアルサロ(アルバイトサロン)(キャバレ)当時アルバイト女性を多数雇用し昼も夜も営業をしていた、そこのマネジャーが来店した時に山さんと会話を交わすことになった・・今度店に遊びに行くからねと言っている・・

次回マネジャーが来店し、驚いたと言う・・店に出勤していたホステス70名全員の指名料を支払ったと言う・・

ふた月が過ぎた頃に白浜温泉に遊びに行こうと山さんに誘われる、車ではなく列車の方がのんびりと行けるのでと札幌からの友人も誘って7人が温泉旅館にたどり着いた、仲居さんにフロアーに案内されたが、なぜか他のお客は誰も見当たらない、聞けばこのフロアーは貸し切りになってるから、どの部屋を使っても良いと言う、、

えっ~童心に戻って部屋中をはしゃぎ廻る思いをする・・勿論食事はなにをどう食べようが制限なしだ・・

山さんの金遣いは常識外だった、、これは普通に働いている人には出来っこない・・・よっちゃんに聴けば野球賭博で負けることがないらしい、その掛け金も一週間単位で上限の2000万を賭けるとか、全部当たれば一割の手数料を引かれ1800万円の利益を手にすると言う、オール勝ちも何度かあるとか・・へえ~

ある時山さんに野球賭博って勝てるんですかと聞いてみた、山さんは都市対抗野球は調べれば勝ち負けが読みやすいと表グラフにして予想をしていた、

この賭博はプロ野球だけではなかった、相撲も西と東にハンデをつけて賭けの対象になってる、プロ野球は上位チームや勝率の高い投手が投げる時はハンデが付く、賭ける顧客も有名人や驚きの公人も多数いると言う・・な~んだ世の中~やってることはみんな同じなんだ~胴元には週に数億のお金が動くと云う・・ 

山さんはいつも勝つのでそのお返しに胴元が運営する賭場に通っては200万円ほどを落とすようにするとか、ところがおかしなものでいくら負けようと仕掛けても勝つ時があるんだ・・それが賭け事なんだと・・

この方は遊びを極めていた、南のクラブ・ラウンジの有名店には一番高いボトルがキープしてあり毎日が飲み食いで過ごすしかないと云う・・この人はお金を使うことが仕事なんだ~あぶく銭とはこのことか~

山さんは釜ヶ崎に二軒の簡易旅館を所有していた、なるほど~この地区で育ったんであれば人慣れも遊びも長けてるはずだと・変になっとくする・その後にも何度か誘われたが賭場へはお断りした、興味がない・・

この釜ヶ崎地区は貧困・スラム街・とかでニュースに紹介されてはいるが、実態は肉体労働者の勤労区であって高度経済成長期には日雇い労働者が15000~20000人ほども集結し、一日に落とす金額は2億~3億円だと言う、600平方メートルほどの敷地内で日々これだけのお金が落ちる街は他にない、近隣の飲食店等は連日の賑わいで盛況を極めたであろうか、彼らは住居を持たずに日払い・月払いの簡易宿泊所やビジネスホテル風の宿泊所も多数存在する中で仲間と酒と供に暮らす・・

何時でも転居できるフリースタイルそのもの・世の中解らないモノだ・

・・ここは天国釜ヶ崎・・と言う歌までもある・・

気がかりなのはよっちゃんだった、山さんを身近に見て彼も博打に興味が沸き連れられて賭場にも何度か通ったことがあると言う、麻雀もそうだったが正直言って彼は博才がなく下手だった・・やはりと言うかその後に賭け事で失敗をし逃げるように博多に行き半場土方をするようになった・・

山さんを見て思ったのは・悪銭身に付かず・とは良く言ったもんだ~

楽しく面白い人だ~・・

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