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♪ いつでもどんな時でも《前に進む道しかない》

インド旅行中で・・(57)

小高い丘の上に建造されたアンベール城へは150mほどの石坂がある、人を担いだ象はズシンズシンと力強く坂を登りきり城の入口にたどり着いた、そこには「世界一美しい門」と云われる門がある・正面全体を精巧な透かし窓やフレスコ画(ミケランジェロとかの壁画や天井画)で描かれた装飾は芸術性に溢れている。

一歩中に足を踏み入れて中庭・寺院・庭園・テラスと案内された・・壁画や天井までが綺麗な装飾で飾られたこの城は、当時なら目もくらむほどの豪華絢爛だったに違いない(現在は修復されている)

しかしおいらが行った時は修復前だった、入口から中まで傷だらけで壁画や天井も薄汚れて画像が読み取れないほどだった・・それもそのはずで1857年~イギリスがインドを武力制圧した当時に銃で発砲した弾痕の傷跡があっちこっちに残っていたのだ・・

それだけではなかった、入口から玄関の上や壁のいたるところに掘られた穴が空いている・そこには宝石が埋められていたのだ・それをイギリス軍は戦利品として堀り盗って持ち帰ったようだ・・

インドは最初のダイヤモンド産出国であり宝石大国だった《マハラジャの栄華は消滅された》・・綺麗に修復された今のアンベール城から過去の歴史は見えない・

日本の城とアンベール城との違いを感じた、ここは闘いとは無縁で優雅さを重んじている、毎月の特定日にはインド中の行商人が食品やモノを持ち寄り賑わったり、中庭に庶民を招き入れてお祭りをやっていたという、良き時代だったのだろう・

この時代にイギリスが植民地にした国は中南米・カリブ海域・アジア・アフリカ・オセアニアと数えきれない、軍艦を持ち先端の武器を持てば支配できた・・今もそうかも知れない・・

西暦以前から長い歴史があっても・戦い続ける人類・進化がないのはなぜ?

人類発祥の説に・・銀河系のアンタチャブル(犯罪者・不可触民等)の記憶を消し、生物的なBODYを持たせて地球各地へ転生させたと言う・日本にも14万年5000年前に2500人が送られ原住民となる(一例)・この説には一理あるかも知れない・

映画の宇宙戦争では宇宙人が地球人を襲い戦争になる・これはあり得ないのだ・なぜなら宇宙人からしてみれば・約束を守れない人間は相手にできない・平和協定を結んだとしても次世代になれば簡単に約束を破る、宇宙時間にすればほんの数日間でしかない。

地球人は残酷非道なのだ・全ての生物を消滅させ人間同士までが殺し合いを続けている、綺麗ごとを言っても民衆は見て観ふりをしている・これは恐怖でしかない・

どの国にも偉いと云わる政治家や学者さんはいるが、人類を豊かにする案を持たない平和フォーラムでは《核も戦争もない世界》と言ってるが、それは二次的なコトであり根本的要因ではないのだ。

       ・答えを捻出すれば自国を守るよりも簡単なはずなのに・

今日はフリータイムだというのでホテルからタクシーで街に出てみた、なにしろ暑いと思ってると道路に43度を示した温度計が見えた・暑いはずだ・名物の自転車こぎ三輪車タクシーに乗って街中を走ってみよう。

走行中に外に手を出してみると風はドライヤー温風のようだった、そんな中でも人や車が溢れて店も賑わっている・やはり人口が多い・店舗を見渡せばどの店にもクーラーは設置していない、クーラーを置けばお客さんが来るだろうな~とは思ったが、

まだこの時代にはクーラーは高価で電気代もままならぬようだ・・

ホテルに戻るとロビーに30代後半の男性が占いをやっていた、そう云えばインドは占いの元祖の様な国だったな~~

南インド・タミル地方の寺院にはアガスティアの葉が保管されていて、訪れて来る全ての人の過去・現在・未来の運命が書かれているという(本当かな~)これを求めて世界中から占いにやってくるとか・・

何となく興味が湧き二人して診てもらった、彼女には・・あなたはご主人を信じてついて行けば何もかもが良くなりますと言われていたようだ・・

占いの後に外の景色でも見ようと一人で出てみると、郊外のホテルなので土色の道路と荒涼とした景色でしかなく何もなかった・・

近くに広く草木が茂ったところがあったので中に入ってみると50cm~1..2メートルほどの雑草畑の中で男の子と女の子6人がキャーキャーと鬼ごっこを楽しんでいる、12才位の一番年上に見えた男の子が傍に来た時に声をかけた。

ポケットに20ドルとコインがあったのでみんなに分けて上げてと渡した。

ところが数分もしないうちに戻って来た・あれ~なんでだろうと・彼が言うには平等に分けられない数字になるのでどうすればという、なるほどインド式計算は早く・数字に強いようだ(日本は9X9までだがインドは19X19まで計算できる)

じゃ~お母さんに相談してと言うと、あなたの名前はと聞かれた・なんて真面目なんだろう・この国の子はちゃんと礼儀を知っているんだ~と感心した・・

雑草広場から帰ろうとすると声が聞こえてきたので、見ると土を掘って木材で重ねたような小屋から叔母さんが手招きで中に入りませんかと言ってる、

どうしょうと思った時に・ア~ア~ここは外国だ、もしこの場で行方不明になったら発見されるのは難しいかも・・との思いがしたので・・時間がないのでとお断りしてホテルに戻った。

翌日はガンジス川の見学だった、そこには多くの人達が集結していて川に入り沐浴をする人もいる・・正直に言えば汚れている川でしかない、数100年以前ならば違っていたかも知れないが、今では上水道・下水道が未整備の地域も多く工場排水も含まれて水質汚染の解決策もなく苦慮しているとか・・とても沐浴なんてありえない・・

と言う訳でインド旅行は終わった、ツアーガイドにはお金にならなかっただろう、

ガイドさんは必ず土産店に立ち寄るのだが、店側はガイドさんにバックマージンを支払うので・・案内された店は通常よりも割高な設定になる。

元々みやげは余り買わない方で想い出として安い何かを一つ見つけて買うだけなのだ・帰り際に残ったインドの小銭はガイドに渡さず、一言も会話のなかった年長者で苦労顔のドライバーの手に渡し帰路に就いた・・

インドに行って見た(56)

長崎港 & ブリトロ

それにしても長崎のブリトロは美味しかった・・16時頃二人で長崎漁港を歩いてると小さな小屋みたいな店があった、なんだろうと思いながら横壁の小窓が半開きになっていたので覗いてみると寿司ネタケースだ・・

中には大き目なブリ腹部のブロックが横並びに3本も白布で包んである、なんだこりゃ全部ブリトロじゃん、こんなにブリトロばかりで商いになるんだろうか、どんな人が食べに来るんだろうかと疑問に感じたが・気になるので夕方に来てみようと決めた。

元々ハマチ・ブリは余り食べない、養殖ばやりの初期時に餌をケチる生産者が多く美味しくなかったからだ、それでもこのブリトロの大きさと色には興味が湧く、日が暮れて二人で食べに行った、

ドアー開けると既に5人のお客さんが入店している、皆さんブリトロを食べてるので同じくブリトロを注文して口に入れてみる・驚いた~今までに食べたモノとは別物だ~

美味すぎる・まぐろの大トロと比較しても勝るとも劣らないとはこのことだと思った。

このマスターはこの味に自信を持ってブリトロをメインにしたんだ・・さぞや目利きも肥えて一番良い物を仕入れてるんだろうな~旬である冬場だったこともあり旨すぎた。

多分これ以上に美味しいブリトロに巡り会うことはないだろうと思いながら口直しで他のネタと合わせて食べて帰った・・それからは寿司屋に行くとなんとなく気になりブリトロのネタを見るけど・やはりあれほどのモノにお目にかかることはなかった。

マグロの大トロはいやほどに食べたことがある、20才の時だった・曾根崎お初天神通りに三つのカウンターがあり総数40席位の寿司屋に友達と二人で食べに行った時、

26歳位の板さんが話しかけてきたので機嫌よく答えていると、何を思ったか板さんが・今日は良いのがあるからね~一番うまいものを食べさせてあげるわ~遠慮せんとなんぼでも食べてや~と言って・・

白布に包まれた大トロのブロックをネタケースから取り出すと、まな板でカットしだした、それを一番安い¥120皿に一番高い大トロ¥1200を盛って出してくれた、食べ終えるとすぐにまた握っては出す・握っては出す・・9皿で腹一杯になったのでもうこれ以上は食べれそうにないです~とお礼を言って店を出た。

どこが気に入っても貰えたんだろうかと二人で話しながら帰ったが、それからは大トロは何年も食えなくなった・マグロはトロより赤みの方が好みだったこともあってか脂身の味を想いだしてしまうのだ・・

(江戸時代は冷蔵保存ができないのでトロは傷みやすくおいしくないので廃棄されていたという)

おいらは外食癖が抜けないので彼女とはあっちこっちへとよく食べ歩いた、美味しいモノを食べてもらい・そして味を知ってもらえばとの思いがあった・

こんなことを何度か耳にしたことがある、スナックで飲んでると隣の会話が聞こえて・うちの女房は料理が下手で食べる気がしない・と云うのだ・よくそんなことを言えたもんだと呆れる、当人は会社勤めで付き合いとかもあり飲み食いの機会で少しは味を知ったかもしれないが・・

こういう人は奥さんを家に閉じ込めたままで外食に連れて行くことはないのだろう、一緒に美味しいモノを食べに行けば奥さんは料理を憶えて帰ってくるだろうに・・料理は食べてこそ味を覚えるものなのだ・・

彼女もそうだった、ある日車で阿倍野を走っていると《ステーキ・フルコース》の看板が目に付いたので週末に二人で行ってみた、前菜・スープ・メイン・ドリンク・デザートのコースをご馳走になり帰宅したのだが、

それから一週間後の夕食にステーキコースが食卓に出てきた、それもその時に食べたそっくりそのままのコースだった・こりゃ驚いた~感激だ~

どこか海外旅行に連れて行ってあげようと思い・・個人で旅行会社をやってる友人のところへ遊びに行くと香港マカオ旅行の予定があるいう、それなら一緒に行こうかと連れだって行くことにした。

香港国際空港に着陸・バスに乗り街中を走ってるとなんともごちゃごちゃと古い建物が乱雑に立ち並んでいる、

初期に作られた街や建物に次から次へと大勢の人が集まりだし、増設が度重なって集合市街地になったような雰囲気だった、アメリカが開拓で計画性を伴って街造りをしたのとはまるで逆だった。

香港の全住民がアパートやビルから外へ出れば人が溢れて海に流れると云う冗談もあるほどに密集している、だがレストランでの食べ物は違った、この頃の中国は低所得だったので良い商品とかは観光地である香港に流れ行き、新鮮な食材が豊富に揃い高級食材も安く食べられた。

マカオは単なるギャンブル街でしかなく賭け事をやらなきゃこれといってみるべきものはなかった、3泊4日の旅を終えて帰って来て・・ほかに行ってみたい外国はと尋ねてみると・・インドに行って見たいという、

そうか~じゃ~インドに行こうか・それまでにインドという発想はまるでなかった、映画作りが盛んな国とは聞いてはいたが・・この際に行って見るのもいいかも・・

友人に頼んでインド旅行を手配して貰った、広い国なので良く解らないがニューデリーを起点に7泊8日の予定で出発した。

空港に着きゲートを出ると30代の男性ツアーガイドが名前を書いたボードを持って待ち受けていた、挨拶を交わし同行すると車は5人乗りの古いベンツだった。

ドライバーとガイドと4人で旅行をすることになるようだ・タージマハールのアグラ・ピンクシティーのジャイプール・ガンジス河を巡るとか・・

ホテルに到着、翌日に迎えの車がきたので乗車し走り出すと舗装されていない道路で、気温も高いせいか樹木に緑色が少なく景色は土色に見える・各目的地までは数時間はかかるようだ・

途中で小さな町に立ち寄り店舗に案内された、ツアーガイドは必ずお土産に立ち寄るがどの店も通常よりも高めになる、ガイドに支払うバックマージンが含まれているから、

それでも何か一つは買ってあげなきゃと・車内はクーラーは効いているが外はなにしろ暑いので、現地の人が着ているクルタシャツを買って着替えた・・町中はどこも人だらけで賑わいがある・・

やっとたどり着いた世界遺産のタージマハル「宮殿の王冠」はさすがに景色が違った、それまでの乾いた景色とは一変して広々とした平野の中に・水と緑のある・愛妃の墓タージマハルは総大理石で造られているだけに白く悠々とそびえ建つように見える。

皇帝シャー・ジャハーンが妻への愛情の深さを表現された建造物なんですと当地のガイドが説明してくれた、国の財産の大半を費やしたとか・凄い愛着心だ~・

次はマハラジャの宮殿城塞<アンベール城>だった、高所にあるので歩いて石坂を登るには険しいので観光客は神様として慕われる象の背中に乗って頂上まで行くようだ、

象の背中には4人~ほどが座れる平面の板枠が作ってある(現在は2人)欧米からの観光客も多く20頭以上の象がいるようだった、皆さんそれぞれに背中に乗って列をなしてゆっくりと石坂を登って行くことに・・

象が歩き出したころ・後ろからゼェゼェとせきを切ったような枯れた声が聞こえた・・

なんだろうと象の背中から下を見ると、両足は膝下と足首が切断されてない・片腕も肘下がない、身長は120cmほどで40代と思われる男性が上半身裸で地面を這いつくばりながら懸命に象についてきている・・

カスレ声を絞り出すように何か叫んでる・・多分マネーと言ってるのだろうか・・こんな悲惨な姿態をした人を見たことがない・・必死に生きているんだ・・何とも表現しがたい気持ちになった・・

どうしよう・どうすれば・・100ドル札をコインに包んで投げれば届くかもと・・周囲を見渡せばみんな見てみないふりをしている・皆に惑わされたのか・迷ってる間に距離は離れて・・とうとう投げきれなかった・・

この地の100ドルは大金だ~理由は何であれおいらが持つよりも彼には100倍もの価値があるはずなのに・たとえ一瞬でも喜びを与えられた・《あ~あ情けない》これは今だに後悔をしている・自分を恥じている・

シャクナゲの花

西日本一周旅行をする(55)

ずっと思っていた・大人になりたくない・頭から離れなかった・やはりトラウマから抜け出せないのだろうか・・もうすぐ50歳になるというのに、、

この年まで色々と経験をしたつもりだが何かやり残した事はないだろうかと自問自答すれば・子供がいない・それがなんとなく心残りのような気がしていた。

  子供がいなかったから好き勝手なことをやってこれたのだろうが・・

この日もいつもの様に夜になると飲みに出かけた、宗右衛門町通りの角を曲がるとスタッフの誰かが呼び込みをしてるラウンジがある・呼び込みをする店は多少ランクが落ちる・雰囲気やサービスに課題があり常連客が定着しないのだ、この店もテーブルについてもなにかしら温かみを感じない・そんな店だった。

それでも午前3~4時まで営業してるので帰りにもう一杯という時に寄っていた、この夜も入店すると初対面の女の子が正面に座った、なにかぎこちなくオドオドとして会話が苦手のようだし表情も冴えない・・

聞いてみるとこの店で二月になり寮住まいをしているとか、その寮はおいらの所から歩いて10分もかからない・・

次に行った時もその子が座ったので何気なく明日寮に行くと話をする、翌日の昼にワンルームマンションに行くと6畳の部屋にはラック 棚も生活用品も何もなくガランとしている・これほど何もないのも珍しい・計画性がないようだ。

彼女曰く・・今20才で親に勘当され縁を切ったので田舎に戻ることはないとか・・話を聞いているうちに何かを食べに行こうかの思いは消滅したので帰ることにした・・

部屋に戻りなんとなく考えてみた、あの店とあの子なら27歳まで店にとどまるかもしれない(感はよく当てる)歳はおいらとは29も離れているが・・どうもほっとけない気がしてきた、2日後に彼女の部屋に行き言葉をかけた・・

このままここで過ごすよりもマシかも知れないのでウチにおいでと誘うとその場で頷いた、翌日に迎えに行き手荷物を持って部屋を後にした・・

ひょんなことから二人の生活が始まった、人の縁は解らない・・一緒に住みだすと彼女の表情に笑顔がでて活き活きとしてきた。

まだ世間を知らないようだし社会勉強になればと近所のスーパー勤めを勧める、スーパーなら食品の良否・仕入れと販売・物価の単価・どのようなお客さんが何を買って今日はどんな料理をするのか、人間ウオッチングが出来て何かと知識になるはずだ・・

元気よく勤めに行き出した・・

年が明けた頃に・私は成人式なの・というので、それではと近くの写真屋さんに行って記念写真を撮ってもらった、その時に彼女に言った、たとえどんな事情があろうと親子の縁は切れることはないので写真でも送って元気でいることを知らせてあげればと、彼女も落ち着いた頃だったので手紙を出したようだ・・

一緒に住みだして3ヶ月が過ぎた頃に中古マンションでも買おうかと玉出駅の近くに3LDKを1LDK(リビング24畳)に改装した部屋があったのでそこに決めて引っ越した、何か新生活が始まったような気がしてきた・・

そうなると毎月の生活費をどのように渡そうか・・月末に手渡しするのは命令下に置いてるようで気乗りがしない、それでは預金通帳を作って入金をしよう、

通帳を持ったことはなかったようだ、今後は何かと必要になるだろう・毎月20万円を入金することに、公共料金等は自動引き落としだし外食も多くおいらのモノは自分で買うタイプだし、食費と生活費だけならへそくりもできるだろう・・

彼女はこれまでに旅行をしたことがなかったようで、あっちこっちへと連れ出し見聞を広めてやろうと車で10日間・山陰・九州・山陽道から四国廻りで戻ろうと計画を立てた、旅費はざーとヤマカンで試算すると合計62万ほどになりそうだ・・

おいらは時間に束縛がないので早速でかけることに、まずは新聞広告に載っていた豊岡の竹野でフグを食べ一泊・翌日は米子の皆生温泉は食塩泉で珍しいのでここに泊まる・山陰道を走り関門トンネルを通り、日曜日午後に小倉競馬場に着く、

これはおいらの予定通りだった、資金は3万円で彼女には6千円と競馬新聞を渡し、馬の名前でも好きな数字でも何でもいいから1レース千円を買って遊んでみればと・・

7Rからスタート・買い方は三連複5頭BOXと軸馬一頭5点流し・7レースはハズレ・8R・9Rと的中しだし当たれば投資金額を増やした~12Rを終えてなんとプラス64万円になった、こんなこともあるんだ~信じられない~これで旅行費用は丸々浮いてしまった・・旅先では賭け運があるとは聞いた事はあるが・・

上機嫌で大分から九州7県巡りに車を走らせた、ひと回りして土曜日に再び小倉競馬場に着き、この日も12万円の勝ちになった・・帰りは尾道でラーメンを食べ瀬戸大橋を渡り愛媛から高知へと・・

高知では行きたいところがあった・ジョン万次郎資料館だ、ジョン万次郎の生き様を知った時はワクワクとした・・夢のような人だ・

ジョン万次郎<1827年1月1日生まれ>この人ほど破天荒な運命をたどった人も珍しい、9歳の時に父親を亡くし家計を背負い14歳の初漁で出港した8メートルの漁船はシケで遭難し無人島「鳥島」に漂着する、143日後にアメリカの捕鯨船に助けられ仲間の四人はハワイに降りるが万次郎はアメリカ行きを決意する・・

船長の養子同然に一緒に暮らし、スクールに通い数学・測量・航海術・造船技術などの勉学に励み、卒業後は捕鯨船に乗船し数年の航海の中で世界各地を渡り知る。

その頃・アメリカはゴールドラッシュに沸いていた、万次郎も日本へ帰る資金を稼げるかもとサンフランシスコへ向かい鉱山に行き・採掘職で600ドルを稼ぐ。

これを持ちハワイへと向かい二人の仲間と日本に帰国することに・この時代は鎖国で命の保証はなし・それでも漂流から10年後に沖縄に上陸、約半年の取り調べ後に薩摩へ送られる。

ここ薩摩藩は万次郎の造船技術や知識を理解し、指導の元に越通船を建造した、その後に長崎へ護送されてやっと翌年に土佐に戻れることが出来たという、

1853年・土佐藩では公式な記録「漂客談奇」に記され、やがて「漂巽紀略全4冊」にまとめられ坂本龍馬や多くの幕末志士達に読まれることになる、

土佐藩でも藩校「教授館」の教授に任命され岩崎弥太郎(三菱財閥の創業者)にも教えている、やがて万次郎は幕府に直参の旗本として招聘され江戸へ、名を中濱万次郎として希少な通訳となり、ペリー初来航の際に任務を果たしその後に勝海舟の咸臨丸では事実上の船長として活躍する。

1870年にはフランス視察団員としてヨーロッパへ派遣、この時にアメリカに立ち寄り恩人のホイットフィールド船長と約20年ぶりの再会を果たす、帰国後も小笠原の開拓調査・捕鯨活動・上海渡航・明治政府の開成学校(現東京大学)の教授・アメリカ・ヨーロッパへと働き続けたという・・

何ともすごい人生だ~今も銅像となって足摺岬に立ち海を眺めている・・万次郎の功績は日本よりもアメリカの方が評価が高い・『海外からの米国訪問者展』の29人の中に万次郎は選ばれている。

と言う訳で万次郎資料館を見学して無事帰宅、10日間の旅費は64万円だった・ヤマカンは当たっていた、次は東日本を一ヶ月くらいで旅しようかと話かけてみた。

旅行中になんとなく気になっったことがある、柳川市の立花家史料館を見学の時に一緒に観てたはずなのに・アレ~いなくなってる・探して又一緒に歩き出したが又いなくなってる・・この時に一瞬頭をよぎった・この人はいつしか去って行く人なのかも・・まあ~それはそれ・考えてもしょうがない・・

柳川市の水郷

人間ウオッチング(54)

それにしても大阪で最初に勤めたフナイ電機を退社してからは良くも悪くも転々と職場を変えてきたものだ、フナイを辞める理由に社長の顔を一度も見たことがない・せめて新年には社員一同を前に将来の展望・目標を聞かせて欲しいと思ったことがある。

身を預けてる訳だしこの人の成功の為に頑張るぞ・が・希望と励みになっただろう・おいらは忠実な性格なのだ(今はフナイ電機も成長しアメリカでは少しは認知度のある会社になっているようだ・・これは嬉しい・)

水商売に入ってからは洋酒喫茶・クラブ・ラウンジ・スナック・ディスコを・博多・大阪・東京・札幌と何軒も体験させてもらい沢山の人間ウオッチングを楽しむことができた。

札幌

所変われば品変わるでたとえば女性から男性に声をかけて誘う時もあるが、土地なりで性格も異なる、札幌の女性は積極的に声をかける、気に入った男性がいれば躊躇なく誘いをかけるのだ・・

札幌女性を数字に例えれば60度・博多と東京ははぼ40度・大阪の女性は予想外に控えめなのだ、自分から声かけをする女性は少なく20度・と・こんな数値になる。

最初に洋酒喫茶で働いた時に・なぜだろうと思ったことがある・若い女性客が多いのだ・男子は仕事を憶えよう・一人前になろうと・励んでいる時に女子は夜遊びを楽しんでるというか・何かを探し求めている・・

つまりは女性は結婚をすると遊べなくなる・独身の時に遊んでおこうと・なるほど、結婚相手を見つけることも女性には重大な仕事なのだ・・ということが理解できた・・

女性は奇数年齢の時 17・19・21・25・29才とかは活発に行動をする、19才は・20才になればおばさんになると云ってよく遊ぶ、29才は・この期を逃せば結婚相手のハードルが下がると活動が盛んになるようだ・・

今は多くの人が飲んで遊べる洋酒喫茶のような店は今はない、バーテンダーが20~30人いて飲み代は安く旨い料理もある、おまけにカラオケを歌えるとか生バンド演奏があって踊れるとなればお客さんが来ないはずはないのだが・・

あれから半世紀(50年)になる、若い人達は街に出て食べて飲んで帰るが、発散するにはイマイチだ・・今どきにそんな店があれば流行るだろう・・流行は繰り返される、おいらがプロデュースすれば従業員教育を心得ているので・良いかもね・・

生バンドの店が無くなったのが何とも淋しい、音楽をやりたくて練習をしても演奏を公開する場所がない・これではミュージシャンが育たない・今の歌はラップの延長みたいでメロディ不足になってる、ダンス主体になったがこれも陰りが見え始めている・・

バンドをやる人達が増えれば楽しい曲も生まれる、再びそんな時代がが来てほしい、誰かお金の余ってる人・生バンドの店をやって・一軒できれば全国にブームは広がるのだ

クラブやラウンジではお客さんとホステスの恋愛は当然の如く生じ、モテるお客さんもいればそうでないお客さんもいるのだが・見ればわかる・パリッと高級スーツを着こなせばモテるとは限らない。

シャツ一枚の恰好でもパリッと洗濯し立てで髪と指先と靴の手入れが行き届ている・このいう人は誰にでも親しまれて好感度が高い、モテない人は言葉づかいが乱雑で一方的である、

これは言葉が荒いのとは異なる、荒いのは積極性があり頼りになるとも解釈できる・・良くしゃべり・ハシャグタイプは三枚目の役者になる・・それではモテない人はまるでモテないかと云えばそうでもない・

どこの世界にも似た者同士は要るモノで・世の中は上手く出来てる・・

明石家さんまさんタイプは表向きはモテても恋愛や結婚には向かない相手になる・こんな人と一緒に暮らせば疲れてしょうがない・当然そうなる・

相手にされないタイプは落ち着きがなく焦点が定まらず何を考えてるのか解らない人(犯罪者タイプ)この手は誰にも相手にされない。

モテる人は落ち着きがあり健やかで気配りを感じるタイプだ、そばに居て安心感のある人になる・・、

当然ホステスも人気のある人とない人はいる、人気のある人は表情が活き活きとして動き(身のこなし)が良い・にこやかで気配りが出来ている。

恋愛で最低な男とは男女関係を暴露する男だ、芸人にもいたようだ、元親方と離婚した女性との関係を世にバラシ、事の中身まで喋ってニューヨークに逃げた人、恰好悪くて戻って来れないようだ・・(二人の息子も黙ってはいられない)男女間をバラスことは女性への侮辱となる。

こんな人と付き合えば私もバラされる・そう思われるのは当然だ・絶対に喋らない、口の堅い人は又次が待っているのだ。

もし夫婦で奥さんや彼女が夜のバイトをやるとなれば、ご主人は浮気を覚悟しなければいけないのだ・・勤めだせば男性を見る目も自然と変わってくる・・

付き合ってた頃の彼氏よりももっと好みでカッコいいお客さんが自分目当て足を運び・お金を使い・誘ってくる・いつしか負けてしまう・当然の如しである

ただ方法はある、勤める前に教訓を頭にインプットすれば70%は守れる、

《お店にいる時はお友達で一歩外に出れば知人になる》

入店時に心得ておけばハメを外す確率は減る・この白黒をはっきりと出来る人は人気の人になれる・何事も最初が肝心・初心忘るべからず・

          

おいらも転々と渡り歩いたが・色々と学び教わったりでウオッチングできたようだ・人生は正解もなければ不正解もない訳だし・これも良しと考えることが無難かな~。

物思いにふける時に(53)

♪ 時間に余裕ができたので高級椅子に座りのんびりと新聞の三面記事に目を通すと・・又かよ~どこそこの○○先生がロリコン(ロリータ・コンプレックス:幼少女への恋愛感情)犯罪で逮捕されたようだ。

このロリコン趣味は高学歴やそれなりの公務に従事した人が意外と多いのだ・・そこには一つの理論的背景がある、彼らの幼少年時代は勉強ずくめで机と椅子の時間が日課になる、外に出てみんなと遊ぶ暇もなく女の子との付き合いもできない。

そういう人達が大人になり、適当なお金と時間を持て余せば・・ない物ねだりの妄想が湧いてくる(実現できなかった事を望む)妄想を行動に起こせば何かと事件になるのだが・我を忘れてつい出来心でやってしまう・これはいつの時代も繰り返される・

逆に悪ガキと言われた人達にこの手の犯罪は少ない・育ちや環境で考え方は異なる・・これはペットショップの犬に例えれば解り易い、子犬は買われた飼い主によって・見る・聞く・育つ・学ぶ世界はまるで異なる・人も似たり寄ったりだ・・

♪ 学校の先生も同様なことが起きる、日々生徒達と付き合ってると同化してしまうのだ、恋愛感情とかが生まれるのもこの同化現象にあてはまる、しかしそんな環境下にあってもきちんと抑制されてる人達の方が大勢だし、そういう人達は褒めてもイイ位だ、当たり前のことなんだが、この当たり前のことができないときがある・人間やってると

♪ この頃にある医院に行った時だった、60代の院長が・青少年問題について学会に出席することになったという・・院長の話を聞いているうちにこの先生は青少年の行動や心理を皆目理解していないように感じ取れた、毎日患者さんとの対応に明け暮れていればそれも当然かもしれない、青少年世代と接触をする暇などはない。

少しばかりおいらが口を挟み若者の遊び心と実態を説明してあげることにした・するとあなたみたいな人が出席するべきだという返事が返ってきた、、

このような先生達が論文を作成し世に公表しているのだ・新聞や雑誌の寄せ集め記事になり・当たり前の事しか書いていない・大人になるとこういう事も読めてきた。

♪ 今度は地球上で一番恐いモノはなんだろうと考えてみた・答えは人間になる・どうもうと云われる肉食動物でも範囲内を越えなければ襲ってはこない・・しかし人間はとんでもない思い込みでも行動を起こしたりもする・・怖~い生物だ~・・

憎しみや恨み事も根深く・戦いは永遠に続けられる・それでもこの世で一番素晴らしいものは、これも又人間になる・なんともややこしい・人間万歳というしかない・・

新聞・雑誌にはいつも精力剤の広告が載っている、人々は活気を求め地球上のありとあらゆる”モノ”探し求め精力増強に結び付けたりもする、古今東西これもビジネスになる、精力剤には動植物の要素とか多種多様なモノが含まれている・・

それでは地球上で一番精力の強い動物は何だろうと考えれば・それも人間になる・他の動物は陽が昇り陽が暮れる迄が活動範囲なのだが、人間は昼も夜も関係無いのだ・いつでも・どこでも見境もなく行動を起こす・てえへんだ~てえへんだ~

 

夜になって、たまにのぞくスナックに行くと学生のバイトらしい娘が二人入店していた、会話も出来ずに黙って立ってるので話しかけることにした・学校で教えてくれないことを教えてあげよう・と声をかける・・

いいかい~世の中には好き・嫌い・どちらでもという三人の人がいるんだ~好きな人はほっといても相性が合う・嫌いと思った人は無理をしなくても良いんだ、どちらでもという人に声をかけ親しくなれば三人の中で二人が味方になる、これで世渡りが楽になるんだ・憶えといて・・

だけどね~嫌いな人は・あなたが相手の欠点を知るように・相手もあなたの欠点を知ってるんだ、となると勉強になるのはこの嫌いな人なんだよ、付き合ってみる価値があるんだ~・・二人は黙って頷き勉強になりましたと言葉が返って来た、、

実はおいらも嫌いなタイプの人に時々話しかけられ、どうしようかと思った事がある・考えた末に友達として付き合ってみよう・とその時に決めたことは・細かいことは無視すればイイのだ・だった、

いざ付き合うとモノの見かたや捉えどころが違う・当然考え方も・だけどこれが学びになる、彼との付き合いは35年を超えて・昨年デルタ株の感染で亡くなってしまった

残念でならない・涙が出た・いつの間にか一番頼りになる友人になっていたのだ・・相性は悪くても付き合ってみないと人は解らない・・

セントラルパーク(52)

 信号の向こうは広範囲に樹木が見える・・信号を渡って広い歩道を歩いているとなんと警察官が馬に乗ってこちらにやってくるではないか、すれ違うときに馬を見ればデカイ・競走馬サラブレッドの倍ほど馬格がある立派な馬だ・警察官は胸を張り馬も誇らしげにカッポしてる・ここはセントラルパークだ・・

公園に車は入れないので馬に乗ってパトロールしてるんだろうか、西部開拓史の名残を感じる、公園に足を踏み入れ取りあえずは行けるところまで行こうと歩きだした・・

広い園内にはジョギング・バスケ・テニス・ベンチに座ってる人とか色々といる、園道はアップダウンもあり森林ありで広すぎる、これは端まで歩くのは無理なようだと感じて戻ることにした・・

すれ違うジョギングの人からグッドモーニング・ハローと声がかかる、へえ~なんと気さくなんだ・遠くで野球をやってる人達もいる、芝生に座って樹木を眺め一休み・・

 後で調べるとセントラルパークの広さは東西0.8kmX南北4kmもあったんだ、それじゃ~端まで行かなくて良かった往復8キロは無理だ・・多くのスポーツができ動物園や湖で手漕ぎボートが楽しめるほどの広さがあったとは・・

 一度は観たいミュージカル・と言う訳で劇場に行くとやはり行列になっている・昨日もそうだった・何やらぺちゃくちゃと喋っていたりどの人も自然に並んでいる、アメリカの人は並ぶことに抵抗が無さそう、公演中はアメリカ各地からやってくるようだ、ニューヨークは観光地なんだ・・三度行ってみたが諦めた一人で並ぶのは難しい・・

 マンハッタンの5日間は地下鉄と歩き廻りで結構疲れた、この地は以前ハドソン川だったとか、それを埋立て現在のビル街に仕立て上げたようだ・・その時代に良くも出来たものだと感心する~ 五番街も歩くだけ歩いたことだし~帰ろうか~

 帰ってくると、弟が19才の奥さんに捨てられて行き場を失っていた、不動産屋の友人に頼んで喫茶レストランを探してもらい、西中島に居抜きの店があったのでそこを任せることにした。

 友人が私書箱をやってくれないかというので難波中にある6階建ビルの6階が空いていたのでそこで始めることにした。

そこは各階がワンフロアー90㎡の事務所だった、二人の事務員に来てもらいやってもらった、ワンフロアーなので三面が広い窓ガラスになっている、明るく見晴らしも良く快適だった、以前の借り主は宝石商だったとかで金庫・机・椅子が残されていたがこの机と椅子にはビックリだった、

机は35万円・椅子は18万円のイタリア製だとか、こんな高価な机があるとは知らなかった、机の天板は一枚板ではなく細かく貼り合わせのデザインだった、宝石商って言うのは感覚が違うんだな~

 座り心地の良い机と椅子に座りのんびりと過去の経緯を思い出しつつ、ワープロに打ち込んでみた、仕事は子供の頃の納豆売り・新聞配達からアルバイト勤務・自営までを含めると46回になっている・水商売を転々としたのが多かったようだ。

転居数は生誕から数えると45回だった、これもしょうがないかな~故郷の博多は追い出されるように出たことだし、博多には自分の生き場所がないのだ・

人は生まれた境遇と環境で人生の半分は決まるようだが、これも運命・あれも運命~

♪ たまに行ってたラウンジでいつも愛想よく振る舞ってくれる女性がいた、店を辞めてスナックを開店するというので・それまでのお礼に何かプレゼントをしようと考えてみた・開店祝いの花とかは誰かさんが贈るだろうし~

♪ 店をオープンして一番欲しいものはお客さんになる・ならば店の広告を出してみようか、酒飲みはいつも新しい店を探しているのだが・一元では初めての店には中々入りにくい・ましては出張で来た人達は飲みに行く所がない・・

と言う訳でとスポーツ紙に【スナック開店しました初めての方大歓迎です飲みに来て~明朗会計・三ツ寺筋00ビルスナック000+TEL】の広告を一ヶ月プレゼントしよう

 開店から一週間ほどして行ってみると店は流行っていた、その中に一元らしいお客さんもいる・来てくれたようだ・ママは手土産も持たず行ったのでガッカリしただろう、広告の事は言わなかった・・ずっと知ることはないだろう・・

その後に他店で、スナックの広告って余り見ないけどなぜなんだろうって聞いた事がある、一軒だけ答えがあった以前出した人がいたけど広告代と売り上げがトントンだったので辞めたと云う・・

トントンなら上出来なはずだが、リピーターになってくれればその分は利益になる~それが店側の手腕のはずだが・・まあ~人それぞれ考え方は違うもんだな~

 繁華街でママを含めて4人以上の店なら広告を出すほうが得策だろう、広告掲載の店がないので月を重ねる毎にお客さんは来てくれるはずだ、小さな店は資金に余裕が無いからと云うが・顧客を増やす気持ちがあるかないかの問題だ・

        <商いごとは新規客が来なければ店は発展しない>

 高級椅子に座ってふと頭に浮かんだ事で《本音と建て前》と云う言葉がある・おいらは40才まで主に水商売で働いてきた、お客さんと会話を交わす中で建前は必要としない、ごまかしはなく好きなものは好き・嫌なものは嫌いで会話ができた、当然お客さんも本音で話をする<お客さんあっての店になる>

ところが昼間の職業ではそうは行かない、会社が大きいほどに建前が必要になるだろう<会社あっての自分になる>課長もいれば部長もいる・おまけに社長もいる、同僚やライバルとの出世競争もある、そうなると建前の使い分けが必要になる・・

 この辺が水商売と会社勤めの人との違いがあるような~水商売勤めはアホと云うが、このアホが馬鹿正直で良いのだ・おいらは今も本音しか知らない・アホでイイのだ・

                                             

ニューヨーク(51)

♪ 新しい年を迎え何か値上がりしそうな銘柄はないだろうかと探してると・・これはいけそうだとある銘柄を買っておいた、3ヶ月が過ぎても何ら変動もなく・その月の月末になり証券会社の担当女性から電話が来たので・なんだろうと思いつつ話を聞くと・

買った銘柄は値上がりしそうにないので買い換えたらどうですか?と言う・・そうなのか~う~ん解った、そう言われると信用するしかないのかな~じゃ~買い換えようと、売って新しい銘柄に買い換えた・・

翌日の夕刊紙を見ると・・ア~売った株が倍以上値上がりしてる、次の日も又次の日も結局3倍以上に値上がりしてた・・担当女性からはすみませんと謝りの電話はきたのはいいが・どうも納得がゆかない~友人にこの件を話すと・・

証券会社の担当は歩合制で月末決算になるという、その月の成績を上げるために電話を寄こしたようだ・これはどうも違反行為に当たるらしい、結構な利益になってたようだが責めてもしょうがないので連絡はしなかった・・こういう事もあるんだ・・

♪ 仕事は任せておけばそれなりに動くので時間はある、友人は仕事で忙しいようだし、何か学べることはないかな~旅行にでも行ってみようか・・国内は宮城・山形・新潟・秋田・岩手県以外は何かしら足を踏み入れている、じゃ~外国に行こう・・何かとニュースになるニューヨークが良いかな・・

♪ と言う訳でニューヨークへ、まだ関西空港はなかったので伊丹空港から出発➜JFK空港に到着、マンハッタンまでは当然一番安いエアトレインと地下鉄を使って移動するが、ガイドブックと照らし合わせて案内標識を見つけてはで・マンハッタンに到着する、

次はホテルだな~ガイドブックに載っていた、ごく普通のホテルに5日ほど予約を済ませて部屋に入る・やっと着いたとホッとする・じゃ~早速に街を散策しよう。

      外に出て歩き回ると街は碁盤の目のように区画されている

やはりアメリカは開拓地なんだ、植民地時代を経て1776年にアメリカ合衆国を建国しそれから都市づくりを始めたんだ・・特にマンハッタンは区画整理されている東西は約300m、南北は約60m間隔で解り易い、歩くのは得意だが見て廻るとさすがに疲れる・広くて長い・・

夜はレストランに入ったが、一人客はおいらだけで周りはほとんどカップルだった、どうやら入る店を間違えたようだ、ここは少しばかり高級店なんだ・日本の高級店とは店構えが違うのでわからなかった、それなりのモノを頼んで食べたがあまり美味しくはなかった、やはり大雑把で適当な味だった。

次の日は当時世界で最も高いビル・エンパイアステートビルに行ってみた・1931年に竣工443m・102階建て、そんな昔によくもこんな頑丈なビルが建てられたものだと驚く、子供の頃に見た一番大きなビルはデパートだったがそれと比べると月とスッポンの違いがある。

中に入るとエレベーターとかはさすがに旧式で古さを感じたが、屋上の高い所からニューヨークの街を360度一望すると小さな征服感を感じる~これは気分がイイ~

このエンパイアステートビルは日本人オーナーの時期があったようだ、1991年に赤坂のホテル・ニュージャパン所有者である横井英樹が代理人(中原キイ子・愛妾(めかけ)を介して、当時としては破格の4000万ドルで買い取ったとか・・

なんとなく行ってみたい所があった『スラム街だ』おいらの育ちからしても身近に感じる・・スラム街といえば生涯で一番好きな映画・ウエスト・サイド・ストーリー(監督もこれまた好きなスティーヴン・スピルバーグ )が思い浮かぶ。

スピルバーグの映画は第一作の激突から色んな作品を見せてもらった、彼の映画にはハートがあるので想い出として残る・素晴らしい・

それでは行ってみよう・・服装はジーンズとシャツだけで時計は外し財布は持たず、これなら大丈夫だ~『捕るものがなければターゲットにならない地下鉄に乗り当地に着いて歩いていると道端に12人程の男達が集まってガヤガヤとしてる、何かな~と覗いてみると街頭博打をやっていた。

折りたたみのテーブル上に三枚のカードを手先で動かし、印の付いたカードはどれだ?当てれば掛金の2倍になるので集まってガヤついてる、これを最初に見たのは子供の頃に下関の船着き場でやっていた・面白そうなので中にモグリ込みじっと観察した・

大人たちは上から見るが子供のおいらは背丈が低いのでテーブル上と目線が近い、カード動かす指先のテクニックが目前になるので丸解りだった・印のカードは100発100中だ・これは上から見ている大人たちには・惑わされて解らない・

この時に指先の動きとやり方をマスターしたのでおいらはうまくさばける、バーテンダーをやってる時にお客さんに何度も披露して遊んだことがある、なので参加すれば的中できたが・ここは観るだけに・・

こういうゲームは世界共通なんだと思いつつ、周囲を歩き回ったが昼間なので殺風景で荒涼としている、多分夜になると一変するんだろうが、ある程度の想像はつくのでスラム街はこれで終了・・現在は釜ヶ崎もそうだがずいぶんと治安が良くなってるようだ・

自由の女神は何処だろうと地下鉄で南端の駅に行き着き、公園を歩くと海が見えて遠くに自由の女神(フランスからの贈り物)が建っていた、無料フェリーで渡れるようだが乗り物酔いをしたくないので眺めるだけにしよう。

公園は新緑の季節で気持ちがいい・ベンチで昼寝をしてる人もいる・歩いている人を見て驚いた、冬物のコートを身につけてる人とTシャツ一枚の人がすれ違っている・他の人も服装はバラバラで色とりどりだ。

誰も気にする様子もなく素知らぬ顔で自然に歩いている、何かしらアメリカの一面を見てるような・・人は人《干渉はしない》・・ 明日はどこへゆこう・・

 

 

株を始める ・・(50)

肉体労働の経験を終えて大阪に戻ってきた、仕事は博多で始めたアダルトグッズ販売の延長になるが、従業員を2人雇用して販売網は全国の遊技場や社員寮とかにカタログメールを送ったり雑誌に広告掲載したりで売り上げは3倍以上になった。

これでなんとか当分は食っていけそうだ、数ヶ月もすると特別にやることもなく受注作業も任せておけばいけるようだし、後は健康管理やアクシデントの無いように気配りすればよいだろう・・

放浪が好きなので日中もよく出かける・あっちこっちへと友人の所へ遊びに行く・・ある日友人の知人で中国から雑貨輸入をしてる人がいたので商品を見せてもらった、倉庫には色んな物が所狭しと置いてあった、その中にネックレス・指輪・ブレスレッドとかのファッショングッズがあった。

これなら場所いらずで販売できそうだと思い値段を聞けばやはり安い、物のついでだとこれも売ってみようか~これはどこに売れば良いかと考えてみる・・

女性は美容室には必ず足を運ぶはずだし店舗は全国にある・・都会よりもローカルの方が売りやすいかも・取りあえずは試してみようと商品選択をしカタログを作成する。

送付は一気に送る必要もないので範囲を決めて徐々に送ればいいだろうと・カタログとは別に案内文を添えておいた《商品は全てカタログ価格の一割引きです》これで美容室に来るお客さんが買えばお店に一割のマージンが入るようにする・・

もう一つあった、こういう商品を全国販売するには大阪発よりも東京からの方が信用度が高いのでは・と言う訳で東京に私書箱を借り・所在地とする・東京から転送電話を利用し大阪で受注販売をするようにしてみた。

カタログ送ればすぐに反応があり・それなりに注文が入ってきた・様子を見て人は増やせばやっていけるようだ・・

これは雑誌広告とかはやらなかった、あまり手を広げようとは思わない性格だし・仕事が増えれば自由な時間が減る様な気もする、適当に遊べればイイ~

それにしても凝りもせず毎日飲み食いに出歩く・・それもどこにでも入って行く、スナックやラウンジのドアーを開くとガッカリすることもあるが、ドアーを開けて逃げるように閉じるのは失礼だと判断をしている。

これも今日の縁だと・・ママがおばあちゃんの店でも機嫌よくおしゃべりしてママの人生を聞きながら時間を過ごせばイイ・・

ある店で女の子から今度生まれ変わったらなんになりたいと質問された、えっ~一度もそんなことは考えたことがなかった・・なぜなら行きあたりばったりでも・その都度に試行錯誤をしながら懸命に闘って生きてきたつもり・・

もう一度人間やるなんて、そりゃあ疲れるわ~もう十分だと思った・・

その夜も某スナックビルで初めての店に入っってみたが・・店内が妙に薄暗く・コワモテのマスターが・いきなり一言・女の子が来てないので帰ってください・・

と云われて店を出たが・・何か変だ~この時間に女の子が出勤してないのはおかしい、マスターは素人ではない雰囲気だし・解った~キャッチバー(ぼったくり)なんだー

街頭で女の子がカモになりそうな男性に声をかけ、知ってる店があるのでそこに飲みに行きましょうと誘う・一時間も座れば数万円は請求される・売り上げは店と女の子と半々に分ける。

これなら時給で働くよりもカモになる客を一晩に2~3人キャッチする方が収入になる、店側は何人かの女性を泳がし5~6組入れば10万超えの利益になるはずだ、給料も払わなくてよい・なるほど・・店選びも少しは考えて入らなきゃ~と反省をする

月日も過ぎて仕事も遊びも落ち着いたことだし、他に何かやってないことはあるだろうか?・株はまだやったことがなかった・じゃ~やってみようと株式投資の雑誌を買い漁ってにわか勉強を始めながら・・

難波にある証券会社の扉を開くと正面に8人程の女性が横並びの窓口で待機している、足の向くまま座って左右を見ると一番ブスな女性のところだった、まあそんなことはどうでもいいやと希望の銘柄を300万ほど買ってみた、元々賭け事の知識は多少ありよく勝てる方だったので株の流れも読み取れだろうと単純に考えてはいた、、

友人の中にグループ会員やあれこれと入会好きなのがいる、彼との会話中に〇〇の株が値上がりするらしいと云う、、どうやらこれをあちこちに触れ回っているようだ、彼はおいらが株をやってたとは知らないので聞いて聞かなかったふりをしといたが、

取りあえずは銘柄を調べて安かったのでこれも買い足しておいた・・

半年をも過ぎた年末には税抜きで1000万円のプラスになっていた、友人の言った銘柄は3倍以上の値上がりだった、やはり株のシステムだ・・

多くの人が買えば値上がりをする、彼や彼の知人達が情報を触れ回って行けばこういう事もあり得る訳だ~ この時に思ったのは《ベンツを買うとはこういう事なのか~》

 

ベロ酔いの泥酔状態になる(49)

(3)から続く・・果てさて又一からの出直しだな~いつもながらの行き当たりばったりだけど、これはどうやら20代前半に順調だった職場を二度に渡り実家の呼び戻しで退職せざるを得なくなった、、これが要因になったのではと感じる・・

この時にネジが外れて目標を失ったようだ、まあ~今更しょうがない・・その場その場を乗り切るしかない、さあ~てと何をしょうか・・手持ち資金は40万円・・というのは大阪を出る時に持って出たのは30万円、貯金や車を売ったお金は一緒に住んでいた彼女に残して置いた・・彼女は小さなラウンジを始めて利益も120万円ほどあるので生活には困らないだろうし・・この資金で何ができるだろうか・・

土方の寮には普段は読まない大人向けの雑誌がいくつかあった、雑誌広告の中にアダルトグッズ卸します(雑誌・ロマンポルノビデオ・大人のグッズ等)とかというのがあったがこれなら小資金でいけそうだ、要はどうるかの問題になる・・

男子寮の有るところへカタログを郵送すれば複数の人に見てもらえるかも知れない、販売店舗も無いのでマンションの自室を整理してやるしかない・・

いくつかの商品を揃えて売れれば買い足してゆけよいだろうと、通販用のカタログと配布用のチラシを作成する、カタログは九州全域のパチンコ店や会社の社員寮に送ることにした<ローカルな土地では娯楽も少なく退屈かもしれない>

チラシは市内を配布して廻ろう・・まあ~何とかなるだろうと思いつつ・・カタログを郵送するとすぐに注文が入った・即日発送だ~

チラシを配布すればポツリポツリと電話も入り・場所を教えるとお客さんがマンションへ買いに来てくれた・・そうなのか~こんな商品は表通りの店舗でなくてもいいんだ~こんなところの方が雑談もできて常連になったくれるようだ~なるほどね~・・

ひと月も過ぎると中州へ飲み歩くようになっていた・・中洲大通りにある案内看板のキャバレーとクラブを除いては全部入ってみようと・・いつもの悪い癖が出て二月で飲んで廻った、どうもこれは病気のようだ・・

ひと通り飲み歩いたので気に入った店でも行こうと小さなスナックに通った、ここはママと二人の女性がいた、19才の女の子はいつもニコニコ無邪気でその表情には癒される、カウンターで飲んでると女の子二人の会話が聞こえてきた、どうやら彼女の誕生日は4日後らしい・・

そうなのか、じゃ花でも送ってあげようかと誕生日の昼間に花屋さんに寄ると真っ赤なバラの蕾の花束が目についたのでこれにしよう・・送り主の名は入れず〈誕生日おめでとう・いつも笑顔をありがとう>で届けるように注文(一万円)をした・・

それから4日後に飲みに行くと・・又二人の会話が聞こえてきた、あのバラの花は誰が贈ってくれたんだろうね~それも蕾の花よ~・・きっとOOさんかもそれともOOさんかしらと・・どうやら喜んでくれたようだ・良かった・・誰かと間違ってその人と縁が出来ればそれでいい・・つまらぬ事を言って夢を壊せば台無しになると、少しばかりいたずらをしてみた・・

この日もいつもの様に週刊誌を読んでると、今東京で若い女性に大流行り・これを飲むと気分がぶっ飛ぶようだと何やら面白おかしく書いてある、そういえば若い頃にバーテン仲間がその様なモノを飲んだことがあると言ってたような・・思い出した

暇つぶしに買って試してみようかと通販に注文してみた、酒と一緒に飲むとよく効くようだと書いてあったので・じゃ~何処かへ飲みに行ってそこで飲んでみようか・

天神エリアにある初めての店に入った、カウンターに座りビールと一緒に飲んでみたが別に何とも反応は感じない・まあこんなもんだろうと・もう一錠と追加のビールを飲んで店を出て、中州で飲み直そうと100メートル程歩いたことまでは記憶にある・

翌朝に起床すると、あれ~着の身着のままで寝たようだ・・部屋が散らかってる、、どうしたんだろう・こんな経験はしたことがない、昨夜は何をしたんだろうか・・あ~飲みに行って例の錠剤を飲んで店を出たが・・ここまでしか憶えていない・・

慌てて何か手掛かりはないかとスーツのポケットを探ると名刺が一枚出てきた、店名と女性の名前が書いてあるがまったく身に覚えがない、他の事も何も思い出せない・・

夜になってその店に行ってみると・・いらしゃいませ~・昨日はどうもありがとうございました・と妙に愛想がいい・話を聞けば・これ面白いからと私も勧められて錠剤を飲んだんだけど伝票を書き間違えたりで何が何だか判らなくて大変だったのよ・・

と言葉が返ってきた・・いや~それはどうも申し訳ない・ゴメン・と平誤り、早々と店を出て次は行きつけの店に行ってみると、、昨日は大丈夫だったの~すごく飲んでたみたい・・どうやらべろべろに酔った状態で深夜に来店したようだ・

それまではいくら飲んでもベロベロ酔いの経験は一度もなくそのような姿を見せたこともない・ましてや空白が3時間以上もある・何処へ行ったのやら全く想い出せない

これは恐いと恐怖心を感じた、こんなものは二度とやらないと即座に破棄した、これは今も市販されてるハイミナール系」の睡眠錠剤のようだ・好奇心もほどほどにしなきゃ~と反省をする・・

苦い経験もしたようだし、博多にきて一年近くになる・そろそろ大阪へ戻ろう・

為替レートで輸入業は変わる(48)

なぜ国内メーカーから電話があったのだろうか、その時には気付かなかった・・ところがその数日後にアメリカへ仕入れの注文をすると取り引きができなくなったと解答があった、どうやら国内仕入れよりも輸入価格の方が安かったようだ・・それは為替レートによるものだと・知ることになる。

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この時は円安 ドル高 で1ドルが165円位だったが・それ以前の契約で取引されていれば・・アメリカからドルで購入すれば半額程で買えることになる、、

当方は他店よりも販売価格が安かったのでメーカーが疑問に感じて電話を寄こしたようだが、これは違法な販売ではないはずなのに・しょうがない・

それにしても為替レートで輸出入は価格が大きく左右するんだ~、ということは日本が円高の時にレートの低い後進国から輸入すれば現地価格よりも安く販売できることに 

1ドルは何円という為替レートは知ってはいたが、このように商品価格に反映されることは考えたこともなかった、これも長い間水商売の箱の中で生きて世間知らずだったのかな~・と言う訳でビリヤード商品の輸入販売は出来なくなった・これも卒業か~

そんな時に以前梅田の第三ビルで高級鍋?の販売業をやっていた加藤さんと会った、今は天満で仕事をやってるが・うちに来ないかと誘われたので・それではと翌日から出勤することにした。

その会社は近商という社名で社長・専務・常務と経理・事務員二人、そしてディスコの時のボーイ長に格上げしてあげた上野君がいた、ところがこの会社は何をやってるのか業務内容がかいもく解らない、そのビルのワンフロアーを借りているので資金はあるようだ・・疑問に感じて社長に何をやってるんですかと質問をしてみたが・・

なにか輸入業をやりたいとは言っているが具体的な答えはない、曖昧な返事しか返って来ないのでそれ以上は聞かないことにした・・

ある日社長がこの書類を東大阪迄届けてくれないかとベンツのキーを渡された、この頃のベンツは頑強な造りで主に暴力団が乗る車だというイメージが強かった・・

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それではとベンツのハンドルを握り駐車場を出るとすぐに気づいた・・

なんだこりゃ~周りの車がみんなよけている・街中でも車1台分の空間がある、広い道路を走るとこれがまた楽だ~・左右の車は遠慮するようにスピードを落とし前方を走っていたダンプカーまでが横に避ける、ポルシェまでも・・

これならハンドルさえ握っていれば・真っすぐに走って行ける・これには驚いた、乗るまでは知らなかった・・これは障害のある人に乗ってもらうべきだと思った。

それにしてもこの会社ではやることがなにもない、元ボーイ長上野君に会社の事を尋ねてみた、するとココの社長は和歌山で詐欺をやっていたらしいですよ・・そういえば以前に週刊誌の記事にそのような出来事が掲載されていたことを思い出した、、

そうなのか~、それで社名も何となく名の知れた会社と似通った名前になってるんだ、詐欺をする人は大手の会社名に似た名前を付けるというが・・

この上野君には仕事があるようだ、彼は社長の指示でフィリピンに行ったり来たりしているが、いつも女性の名前しか出て来ない・どうやら社長はフィリピン女性がお目当てのようだ・・

その頃に会社に出入りしている23歳の三浦君を知る、彼は小豆相場の会社で営業をしていると云う・・子供の頃を想いだした、義父の知人たちがこの相場をやって儲けた・損をしたと騒いでいる場面を見たことがある。

義父も少しやったがすぐ辞めたようだ、おいらは何でも一度は経験してみたい好奇があって三浦君に相場の投資金を渡し・彼とはよく飲みに行った・ふた月ほどが過ぎた頃に彼の様子がおかしいので問いただすと、儲けさせて上げようと勝手に資金を動かし負けてしまったようだ。

会社に出ても社長は女性を追いかけまわしてばかりでやる仕事もない・居てもしょうがないので辞めよう・おまけに知り合いにお金を貸していたがこれも居なくなった。

なにかしらガッカリしてやる気が無くなってしまった・・

思えば楽な道ばかり選んできたような気もする・日々飲み歩き遊んでばかりでそれもつまらないことだと思えてきた・この際一度原点に戻って肉体労働でもやって頭を冷やしてみようかな~元々肉体労働には抵抗がない・・子供の頃に力仕事をやって汗を流した後は気分爽快だった・・

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みんな捨てよう・金銭欲があるわけでもなし・ゼロからのスタートを試してみようか《この時45才》少しばかり自暴自棄になっていたようだ・・

      ・・この世に楽な仕事は一つもない(3)へ戻る

公営ギャンブル場巡り(47)

ギャンブル必勝法は広告さえ出しておけば書店でそれなりに売れてゆくようだ、毎日事務所で待機していても退屈になる、それじゃ~とアルバイト男子と一緒に全国の公営ギャンブル場を巡ってみようか・・

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カードチラシを作成し開催地の駐車場に止めてある車のドアーにチラシを挟んでおけば確実に見てくれる、、その地で3部も注文があれば旅の経費もできる、これなら放浪の旅と人間ウオッチングを楽しめる、おいらにはピッタリだ~とスポーツ紙で開催地を調べ二人で車に乗り出発進行・・

あるある~競艇・競輪・競馬・オートレースとほぼ何処かで開催されている、おまけに日本はパチンコもありでまさに世界一のギャンブル王国だと気付く・国内全てのギャンブル投資金額を月額計算すれば一体どの位になるんだろう・おそらくとてつもない金額になるんだろうな~恐ろしい~

   これは褒められたものではないが・おいらがとやかく言う資格はない

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最初に着いたのが(徳島)鳴門競艇場だった、入口から人もまばらで館内は薄汚れて灰色だ~足元も黒く汚い・驚いた・・これじゃ遊びに来ないだろう~舟券を買う気もしない・取りあえずは駐車中の車にチラシを挟んで周り・

場内をひと周りするが食堂も汚く食べようとも思わない・レース場を見渡し人を観察してはみたが・これじゃ売り上げも上がらないだろうな~・早々と去ることにしよう

次は丸亀競艇場から松山競輪場・こちらの方は客数も多く賑わっていた、やはり地域によって差があるんだ、ギャンブル場を視察すれば地域経済も読み取れるようだ~、やはり夜の街も賑わっていた、松山のスナックのママは愛想が良かった・・

本州に渡り・小島から広島・京都・愛知県・浜名湖へと、この浜名湖の競艇場には驚かされた、何しろ綺麗だ・・駐車場から場内迄全てが整備されてゴミもなく警備員も配置されている、これなら女性も安心して来れるだろうな~・所変われば品変わるだ~

そうこうして東京・群馬や関東周辺から福島まで公営ギャンブル場の人間ウオッチングと食べ飲み歩きを20日ほど楽しむことが出来た・・面白い経験だった・・

必勝法を買ってる人の中に記者もいたようだ、彼らも何かと参考になるモノを探しているんだ~・・それまでは予想を均等買いで記事掲載されていたが、これが配分買いで掲載する記者が出てきた

例えば本命と穴馬券とは配当が大きく異なるので・1000円を200円の5点張りで本命が的中しても利益 にならない、これを(例)300:300:200:100:100とかにすれば本命でも利益になる、これは必勝法の項目に含まれている・・

それとこれもあるだろうと・・事務員に電話対応の言葉を伝えていたことがある、それは一万円もするものだし、ヒントにもならないと思えば苦情の一つもあるだろうと、ところが一件もなかったのが不思議だった・・

この仕事は一年以内と決めていた・・友人は利益があるのになぜ辞めるんだと聞いてきたが、こういうものはひと通り売れれば尻すぼみになって売れなくなる、世代が変わって10年以上~経過してやれば少しは売れるだろうと説明した・・

と言う訳でこれも卒業しようと・・広告代理店へその旨を伝えると、担当 の清水さんは競馬の予想屋をやってくれないかと何度も勧められたが、これはやらないと決めていた・今でもスポーツ紙やネットで元騎手・調教師等が的中・的中と謳っているが、、

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コレだけはいつも当たるものではない、中には20代の若い女性を表に出して勝利の女神とか・そんな文句に騙される方も無知すぎる‥中には一点張りで的中なんてものは嘘も甚だしい・・

この手の予想屋は登録料をだまし取り、頃合いを見ては社名を変更して何度も同じことを繰り返している、余程に人を騙すことが好きなようで・これは完全に詐欺の世界になる・なのに広告屋はやってくれという・それも彼の仕事なんだろうが・

え~と次にやってみたいことは何かないかなあ~・一つあった・何でもいいから輸入販売を経験してしてみたい~と思っていた・新聞に目を通すとあった~貿易実務習得・週二回でふた月で卒業、、

これなら通信教育よりも早い、なんでもいいやと本町に通うことにした、内容は貿易の流れや書類の書き方だったが、どうせ大したことをやる訳でもないしなんとなく解った様な気もした・・

少しばかり学んだが販売する商品がない、スポーツ紙に目を通すと下段にビリヤードのキューが写真入りで載っている、販売先はアメリカになっているがこの商品は確か日本のメーカーなのにどうしてアメリカからの方が安いんだろうと・よくわからない

そんな頃に日本橋通りを歩いていると女性に声をかけられた、誰だろうと思い振り向くと以前バンドのオーディションでマニラに行った時に知り合ったマリアさんだった、驚いた~今は大阪に来て結婚し子供も出来たとか仕事はレストランで歌ってるという、

それにしても偶然だ~、連絡先を聞いていたので彼女にアメリカの販売先にオファーを出してもらおう・タイプライターを買ってきて英文でビリヤードのキューを注文して貰うことにした。

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これも写真入りでスポーツ紙に広告を出すと遠くは熊本からの注文もあったが、それだけでは数は売れないのでビリヤード店に営業に行ってみよう・この営業って仕事はやった事がない・まあ何でもいいや・電話帳でビリヤード場を探して行って見た・・

真似事で営業をすると3軒に一軒が買ってくれた、ちょうどその頃TVで近藤真彦がビリヤードをやってる姿が映像で流れたりしてたので少しばかりブームになっていた、この効果が反映されていたようだ・・

ところが5ヶ月が過ぎた頃だった・国内メーカーから電話が入った・何処から仕入れているんですかと尋ねられたので、

   おいらは馬鹿正直者なのでつい仕入れ先とかを答えてしまったのだ・・

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ギャンブル依存症だった(46)

便利屋を閉業してなぜかホットしたような気もする・・多様な仕事から解放されたせいなのかな~、色々とやったようで次は何をすればいいのだろう~かと、ぼんやりと天井を仰ぎ見ながら・・

そう言えば以前に競馬場にはよく通ってたな~あの頃<考えた競馬必勝法>があるが、あんなもの・・売れるのだろうか?

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それじゃ~と雑誌を買って見てみよう・・あるある競馬必勝法の広告が載っている、、これって特殊な職業だな~だけどみんな生活のために何かをやってる訳だし、企業に勤めようと商店に勤めようと収入には変わりない・・

人の生き方って正解もなければ不正解もない・なんでもやってみよう~、かと言ってこれって商売になるのだろうか・計算をしてみようっと、人口が1億人とすれば半分は女性だし、未成年もいる・競馬・競輪・競艇場とか・開催していない地域もある訳だしそれらを除けば・・

又その中でギャンブルをする人は何パーセントになるんだろう、その中から買ってくれる人はこれも何パーセントになるんだろうか・・え~と・予想できないな~これも経験だ~やって見なきゃ解んねえや~、やってみようか・・

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まずは考えておいた必勝法の原稿作り➔印刷に出す➔その前に事務所を借りなきゃ・と黒門市場近くの日本橋通りに12畳ほどの事務所を借りた、

電話受けの事務員さんを一人と・その時にどういうわけかディスコ時にウエイターをしていた上原君と街で出会った、失業中だったので手伝ってもらうことにしよう

必勝法はポケットに入る手持ちサイズがいいな、まずは2000部作って(12万円だった)売値は一部一万円(他の必勝法を参考に設定)こういうものは数が売れるモノではなく・特殊なので値段も高い・ギャンブルをする人にとっては藁をも掴むつもりで・何かとヒントになればと買うようだし・・

これを売るにはギャンブル場周辺の書店に置いて貰うのがいいだろう・・書店名を書き入れた広告を出せば書店も納得してくれるかも・営業も楽だろうし・・

上原君には全国の公営ギャンブル・場外馬券売り場周辺の書店に行ってもらうことなった、書店へのマージンは一冊3千円にしよう(一般的には22%位)

営業は余り難しくはなかったようだ、書店からすればマージンが高くスペースがあるのでただ置いてればいい・上原君は熊本から旭川まで行った・彼はひと月で全国を旅したことになる、こんな経験はなかなかできない・ひと回り大きくなったかな

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書店名を載せた広告を地方スポーツ紙に出すことになったが予想よりも売れている、近くに書店が無い人は毎日のように現金書留で送ってくる・・

じゃ~東京へも広告を出そう、大阪よりも倍ほどの人口だし販売数もそのくらいはあろうかと、大阪の広告代理店に頼むと東京への広告は扱っていなかった、電話帳で広告代理店を探し出して・掲載すると・・

答えは速かった掲載された翌日の午後には現金書留が155通も来た~やはり東京は経済規模が違うんだな~・・大阪の3~4倍はあるようだ・・

           ▼     ▼     ▼

それは土曜日の午後だった、事務所で雑誌を読んでると・・ピンポーンとなるので出ると、薄汚れた恰好の見知らぬ男が立っている、尋ねると東京から来たと云うので取りあえずはとソファーに座ってもらい話を聞くことにした、

35歳独身で鉄工の職人だとのこと、20才頃からボートレースに夢中になって勝ったことがなく毎月の給料と手当の42万円は全て消えてゆくという・・

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競馬はどうだろうと当時競馬の神様と歌われTV解説もしていた大川OOOの宣伝文句に乗り、高い登録費を支払い会員なったのはいいが、これも全く当たらない・どうすれば良いかと迷って大阪までやって来たのだから驚きだ、ここまで来たのだから余程悩んだのだろう、表情も疲れ気味のようだ・・これは人生相談に置き換えよう・

一通りに話を聞き答えはすぐに出た・

いいですか・・私の言葉を信じなさい、あなたが今日こうして私に会ったのはね、あなたの先祖がここへ足を運ばせたんですよ・

人には向き不向きがあってね、あなたはギャンブルは全くダメな人なんですよ、十何年も負けてた人が今から勝てるようになるってことはあり得ないんです、あなたはそれに気付いていない 【今日限りで辞めなさい】

あなたが此処へ来た目的は『この言葉を聞く為だったんですよ』理解できますか。

あなたの収入なら堂々と奥さんと子供を養うことが出来ます・競艇に使ってたお金を全部奥さんにあげなさい・それが今からのあなたの生き方であり・幸せになれる道です。

もう大丈夫です・今なら間に合います・これからは自信をもって生きて行きなさい・解りましたか・『すぐに奥さんを探しなさい・あなたを待ってるんですよ』

遠い地へ足を運び全く見知らぬ人の説法を聞けば目も覚めるだろう、この言葉なりを帰りの列車の中で繰り返すはずだ・・これはまさに彼の先祖が導いてくれたのだと今でもそう思ってる・・          f:id:goodlike-ryusei:20220313142830j:plain

 

 

古美術商での出来事(45)

それは年末も近い12月22日だった、年賀ハガキの宛名を毛筆で書いてほしいとの依頼だった・宛名書きにしては時期が少し遅いのではと思いつつお伺いすると、高級マンションの一室は自宅兼・暴力団事務所だった。

入口から通路はゴミ一つなくピカピカで周囲も綺麗に整頓されている、ハハアーこれは若い衆が毎日掃除をしてるんだ~と感じた、部屋に通され毅然とした組長に料金を伝え350枚の年賀はがきを預かり部屋を出た・・

色々な依頼があるだろうと各種バイトの登録者を事前に募っていたので、二人の登録者から年輩の方が無難だろうと60代女性を選択した、女性宅に訪問し年賀はがきの書きかたはおご存知ですかと尋ねると・ハイ大丈夫です・と答えが返って来た。

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この様な内容です、肩書が少し多いので間違いの無いようにお願いしますねと告げ名簿とはがきを渡して帰った、、まあ~60代で筆書きが出来る人なら間違いはないだろうと・これが浅はかだった・28日に出来上がりを貰いに行き・ハガキを見た瞬間に冷や汗が出た~・うわ~どうしよう、書き直しには間に合わない、、

それは住所・番地・肩書・名前とかの縦も横も不揃いでまとまっていない・困ったぞ・字の大きさもマチマチだったので苦労して書いてくれたんだ、頑張ったんだな~と読み取れた・仕方がない・ハガキや手紙の書き方を教え手当を渡して戻った。

しょうがない・これは謝るしか方法はないのだ~事務所に出向き組長に・この様な仕上がりになってしまいました誠に申し訳ございません、これでは料金を戴き訳にはゆきません、なにとぞお許しの程お願いしますと・ひたすらに誤った・

傍にいた若い衆が、けじめをとってもらわないかんな~と言葉が聞こえてきたが、そんなことはどうでもいい・謝り続けるしかない~組長は腕を組み・しばらくして首を縦に振ってくれた・ありがとうございました・ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした・と言葉を残して帰った、ああ~なんとか無事に治まって良かった・ホッとした・

ラブホテルからの依頼だった、毎日掃除を担当する人を回してくれないかとのこと、取りあえずは保留にしてもらい、、考えてみればホテル従業員のほとんどは掃除係になる、派遣の方が安くつくのかも~

いとこのタクシードライバーに何処か掃除屋さんはいないだろうかと尋ねると、三軒隣に何人かのおばちゃんが時々集まっているけど掃除屋かもしれない・・

早速尋ねて行くとオヤジさんが一人ぼんやりといた、聞けば依頼があった時にだけバイトのおばちゃん4~5人を廻し細々とやっていると云う、それならこれはイイ話なので早急に連絡をしてほしいと頼んでおいた。

その後に掃除のバイト募集が新聞広告に出ていた、2年後には大阪市内のホテル一円に掃除係を送り込み会社として発展していた、解らないモノだな~派遣業の始まりだったんだ~オヤジさんはひょんなことから社長になった・・

確かに便利屋は種類の違った依頼が来る、団地マンションの早朝に非常階段を走り降りる音がどうにもならないと、60代女性宅にお伺いすると、原因は新聞配達員の走り音のようだ・・近くの販売所に出向き苦情が出ているので了承をお願いする。

ある時は結婚式で男性側に身内がいないので式場に身内として何人かを出席してもらえないだろうか・・それはそれはおめでとうございますと祝福の言葉をかけ・・せっかくのお祝いだし料金は日当だけにしておこう。

おばあちゃんがデパートに買い物行きたいと云うので一緒に付き合って貰えないか《これはガードマンの役割だな~》4月には大阪城の花見席の場所取り依頼が数件あり前夜から徹夜で待機・チケットの購入・掃除や整理・荷物運びの手伝いとか細かいことが色々とあるもんだ。

一番手のスタッフは女性一人引っ越しの仕事時に縁があったようでその女性と結婚することになった。

彼に古美術品や骨董品を扱う古物商へ派遣社員で行ってもらった、古美術品の値段査定が面白いと云う、どうやら彼に合ってる仕事のようだ、結婚もしたことだし便利屋よりも良いだろうと社員として勤めるように促した。

この古美術品は一般的にはあまり知られていないが、市内に骨董市場なるものがあり、そこで各商品をオークションに出品したり買ったりするようだ、日常品から高価な掘り出し物まで色々と取引されている・・

はてさて、この便利屋は他にも多様な仕事の依頼があるが、相棒も結婚したことだし、この仕事も卒業かな~引っ越し事業も出来ないし・次を考えることにしよう・

彼はその後、勤めて一年頃に店でトラブルが起きて悩んでると相談にきた、じゃ~応援するからこれを機に独立するようにと勧め、スポーツ紙に骨董品買いますの広告を出し開業をスタートした。

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数年後に【なんでも鑑定団】がTV放送されて骨董ブームとなり商売繁盛になった。

その頃に又相談したいことがあると云うので話を聞くと、某資産家の奥さんが・主人が亡くなって高価な美術品が沢山あり、それを親戚達が欲しいとねだって来るので困っている、絵画や美術品などの良いモノを選択して預かってほしいと・それではと倉庫に保管しているというのだが・

なんと~その奥さんもハワイの別荘でお亡くなりになったという・どうしたものかと・

世の中にはこんな事もあるんだな~奥さんには悪いけど・死人に口なしか・と笑って聞きながし・答えは出さなかった・こういうときは誰かに話を聞いてもらえればて肩の荷が降りるものなので、後は本人が決断するだろう

・話の内容では数千万円のモノが多数あるようだが・その後、どのように処理したのかは聞くこともなく・今も知らない、、

 

浮気調査の依頼(44)

いつかはくるのではと思ってはいたがやはり来た・・浮気調査の依頼だ、まずはお会いして事情を聞かなきゃ~と・・お会いすると即座に話を切り出してきた、予想通りというか依頼者はそれなりに情報を掴んでいる、浮気の痕跡を調べるときにご主人のスーツのポケットや財布の中身をこっそり見たり・普段使いの車内のにおい・落とし物・ダッシュボードに指輪や避妊具を入れたまま・トランクにはプレゼント等があったりするので、ある程度の情報は見えてくる・どうやら車内に痕跡を残すことが多いようだ・・

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浮気の曜日や時間とかも大方予想できているので、後は現場の証拠写真とかを見い出してくればよい、と言う訳で早速行動を起こすことになるのだが・尾行当日に出勤してきたスタッフ一人の姿には笑った。

何を勘違いしたのかTVドラマの探偵物語に出てくる俳優さんと同じように皮のジャケットににサングラスの出で立ちで出勤してきた、映画の撮影にでもゆくのかい?そんなに目立たつとターゲットに感づかれるだろうと大笑いしながら、グレイ系統のごく普通の目立たない服装に着替えて出発した。

それではと現場に到着し待機するのだがこれが結構厳しい、2時間を過ぎても出て来ないので少しばかり小腹も空いて・・すぐ近くにあった雑貨屋でパンを買って戻るとなんとその時に出かけてしまったようで、なんともドジな笑い話になってしまった。

又ある時はターゲットが高級車で高速を制限速度オーバーで走れば、そんな時に限って軽自動車で待機してたので、それでは追いつけるはずもない・・

ひとときも目が離せない、映画やTVドラマの様に格好良くはなくただひたすらに忍耐力を必要とする仕事なんだと知る、、、

この時の依頼者は商店経営の奥さんだった、どうしても浮気現場を自分の目で確かめたいと云う・・本来探偵事務所ではこの形は取らない、これをやるとお金にならずその場で終わってしまうからである.

だがおいらの性格なのか、解りましたそれでは行きましょうと一緒に追跡していった、ホテルの駐車場に車が入ったところで当然の如く奥さんは理性を押えきれない、脱兎のごとく飛び出していった。

《あんた!なにしてんのよ~その女は誰なの》と掴みかかってゆく・・ご主人はまさかのまさかでビックリ仰天!慌てふためいてしどろもどろ・・浮気相手の女性はただ茫然とどうすれば良いのか判断ができないので・・それとなくこの場を去るようにと手で合図をおくった。

この状況は想定内だった・・奥さんの怒りが静まるのを待ち、場所を変えてお話しでもしましょうと、近くに公園があったのでベンチに座ってもらい話をかけた、

浮気なんて世間にはよくある出来事なんですよ、男というのは魔が射すというかそんな時があるものでセコイ生物なんです、

そこには好奇心だけが先走り愛情なんてありませんよ・長い夫婦生活からしてみれば単なる一過性の出来事で・十年も過ぎれば笑い話にもなりません・ご主人も反省してますし、もう二度とはやらないとお顔に書いてありますよ・・

今回の事は水に流しましょう・雨降って地固まるですよ・・とかなんとか勝手なことを言って長居は無用・・その場からさよならをした・・

これで離婚にはならないかな~奥さんは現場を抑えたことで優位になり、怒った分だけスッキリするかもしれない、ご主人は他人に知られたこともあり少しは恥ずかしい思いもしただろうし<他人が何でもないと笑えばそんなもんかな~と思ってくれたかも>

二件目の依頼は少し控えめな感じの奥さんに見えたが一緒に行きましょうと声をかけた、現場ではご主人と彼女を目前して戸惑っていたので傍にあった週刊誌を丸めて渡し、これで思いっきりご主人のお尻を引っ叩いてあげなさい・・

速く早くとけしかけて行かせた・・その引っ叩いてる光景は痛快でコメディを観てるようだった・<こういう事も昭和の時代だからこそ出来たのだろう>

 <浮気現場でホテルに入る前に止めるのと・出てきた時では結果は違ってくる>

調査の依頼は4件だけだったがいずれも離婚しなくて終えたので良かった《最初から決めていたことがあった》調査依頼がくれば離婚しないようにするにはどうすれば良いのだろうかと考えてもいた。

離婚の犠牲は何も知らない子供には一生を左右する辛い出来事になる、片親では愛情も教育も半端になってしまうかも、お二方にとっても良い事は何もないはずだと勝手に決め込んでいたのだ。

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当方は専門の探偵業者ではなく単なる便利屋だし、利益よりも円満解決のほうが望ましい・その方が自分にとっても有意義だろうと・これを機に夫婦関係を見直すきっかけとなり、仲良くなればそれに越したことはない・・

浮気にはエネルギーがいると云うが、浮気がこじれたときの代償は恐い、一度社会的地位を失えば元に戻すには大変な努力が必要だろうし、おまけに浮気相手に子どもでもできたなら・・取り返しがつかないだろうし・・くわばら くわばら・・

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便利屋をやってみよう(43)

さてと~出版された雑誌は店頭に置いてあるのかな~とコンビニに行ってみると、並んでいた・ちょっとうれしい・売れるかどうかは考えても仕方がない<商売は水物>改めて中身を読んでみよう、ひと通り読み終えるのだがなにかしっくりとこない、文章が新聞記事のように固すぎて娯楽性に欠ける、これはライター個人の持ち味だから致し方ないのだが、これがずっと続くとなると、少し不安感が走る

会社に出向くと早くも次の記事作成にと編集長は忙しそうだ~営業担当は広告を取って来なきゃと出かけるのだが・これが難しい・広告収入が無ければやってゆけない、雑誌の売り上げと広告収入で成り立つ訳でどちらかが欠けると雑誌社はやってゆけない、

広告料は雑誌の裏面・表紙の裏面・裏表紙の裏面とかは高額になるようだ・・初刊の広告売り上げは12万円だった、これではやってゆけない・・

そう言えば以前お客さんの中に広告代理店をやってる人がいたはずだ、頼んでみようと連絡を取ると来社してくれた、大手飲料メーカーの1社にコネがあるので話をしてくれるようだ、編集長に広告料金の話をすると裏面は150万・表裏でも100万は貰わないと、あれ~少しばかり違うだろうと感じる、おいらの計算では販売部数で広告料を算出するのでは・・

ましては新刊を出して間もない会社だし裏面でもせいぜい60万くらいでは・・というよりも初回は無料でもいいと考えていた、大手企業の広告が掲載されるとそれが呼び水となり営業もやりやすくなるはずだとも思ったが。

経験のある編集長の意見を通して120万で話をしてもらおう・ここに賭けてみよう・今後、やっていけるかどうかはこれが分岐点になるな~と感じる。

第二号はページ数も部数も増えて印刷屋に頼むと請求額は1割ほど高くなっていたが想定内だったのでまあ~いいかそれで行こう<三号が分れ目のようだ>広告代理店の社長からも答えがきた掲載は難しいようだと・・やはりミスったな~おいらの考えを通せば良かったかも・・おまけに三号も印刷料金が又上がっていた・・

こりゃ~参いったな~株式会社といっても個人投資なので毎月何百万の支払いを続けるとなると苦しい・・となると借金をしなきゃいけなくなる、借金だけは嫌だ~日々借金が脳裏から離れないような<そんな生活はしたく無い>

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人に聞けば《会社は借金で大きくなるモノだと云うが》おいらの性格では耐えられない、見切り千両にするか・今思えば譲渡すれば良かったかな~とも思うが頭が回らない、この辺が所詮は水商売上がりの知識の無さもあってか・数ヶ月で廃業となった。

会社ごっこも終わったことだしちょっと気持ちを切り換えようか・・久しぶりに母親の顔でも見に行こうと新幹線に乗って広島駅から見えたのは、あれ~今までになかった新築ビルがある『RECRUIT』と表示されている、ほう~新しく出来た会社なんだと思いつつ、博多に着くと駅前に同じくリクルートの新築ビルがある、凄いな~こんな一等地にビルを建てられるなんて、それも同時期に・・こりゃ普通じゃないな~

母親の元気な顔も見れたことだし・大阪に戻りテレビを見てるとリクルートという会社が出来て社長がインタビューに応じる姿勢と返答に違和感を感じた、経営者の言葉とは思えない、この人は会社を設立した人ではなくダミー社長なんだ~と

少し調べてみると前身は求人情報誌の出版社のようだ、小さなビル内で賃貸していた求人情報会社が一部上場し、それも全国の一等地に数棟もの大きなビルを建てることなど有り得ない・・

なるほど~政治屋さんが起こしたんだな~それもトップクラスが《政治屋さんって何でも出来るんだな~》これも世の習わしだから・案の定というか社長は数年で辞めた・・

さあ~それはいいが相棒二人を連れて今度は何をしようか~世の中の色んなことをやってみたいな~色んなことができる職種といえば、あー便利屋がある、あれなら多種多様な仕事を経験できるかもしれない・やってみよう・・

借りていた心斎橋の事務所で便利屋を始めよう、まずスポーツ紙に便利屋の営業広告を出そう《引っ越し・掃除・浮気調査・お手伝いから困りごとまでなんでもやります》まあ~こんなとこかな・・スタッフも募集で2名が来た、これで何とかなるだろう。

注文は・・来た来た~早速引っ越しだ~毎週土・日には依頼があるようだ、トラックがないので格安のレンタカーを借りて運んだとしても利益にはなる。

ところがいざ引っ越しをやってみるとスゴク体力がいる、単純なようだが作業工程が多い、包装・持ち運び・積み下ろし・階段の登り降りとか立ったり座ったりで全身を動かす、一日三軒の引っ越しをやった時はクタクタになっていた、次の日まで疲労が残るほどだった。

これは数ある仕事の中でも一番キツイのではないかと感じた、オフィスの引っ越しも大変だ何しろ物が多い、必要ないものまで運ぶことになる、参った!

引っ越し依頼が結構あるのなら、いっその事引っ越し業を始めようかと考え調べてみると、こりゃ出来ないわ~、トラック何台から駐車場・従業員の寮とか色々ありでなんとも条件が厳しい・資金も一億はかかるだろうに・・

なるほど《これが世の中の仕組みなんだ》と知る・・既存の業者を守るために簡単には新規参入はさせないようなってるんだ、よくある何とか組合とかはそういうためにありなのか、政治献金とかも絡んでくるわけだな~知らなかったな~

ある日に東京の業者から電話がかかかってきた、某調査をお願いしたいしたいとのこと、そうか広告を出している便利屋は他になかったので依頼が来たんだな~

出張すれば経費もかかり連携をすれば安く済むはずだし、ましてや便利屋なら安く依頼できる・・と言う訳で調査は無事にこなしたが彼らは依頼者に出張費として請求するのだろうか・東京の業者ならやりかねない・しっかりしてるからな~

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ある日は電話を受けると若い女性が枚方の方まで鳩の掃除に来てほしいとのこと、ハイ承知いたしましたと一人のスタッフに《どんなことでも何でもやります》ハイハイ主義で行っておいでと10時頃に行かせて17時ごろにニコニコ顔で帰ってきた。

なんと~30万円戴きました・・という、話では・・結婚して3年になるけど手持ちのこのお金の使い道がなくてあなたに上げるわ~とか、ほう~そうなのか、そりゃ~良かったな~・・相性が合ったんだ。

どうやら掃除は鳩だけではなかったようだ・・めでたしめでたし・・彼には生涯忘れられない美味しい仕事になっただろう・・世の中色々とあるもんね~

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